「失われた時を求めて」第1篇「スワン家のほうへ」を読む

 「失われた時を求めて」の第1篇「スワン家のほうへ」を読む愉しみはどこにあるのだろうか。第一部の田舎町コンブレや第三部のパリの平凡とも見える日常の描写にも魅力は潜んでいる。その生活描写には実は主人公を創造行為へと誘い導いてゆく力が底流となって潜んでいる。読者は推理や記憶を刺激され、共感をおぼえながら創造へと向かう長いプロセスを追い始める。
 「スワン家のほうへ」冒頭からエピソードをいくつか選び出し、それらがどのように反復されつつ長編小説全般におよぶ底流を形成してゆくかを見てみよう。(なお、邦訳では第一篇のタイトルが「・・・の方へ」と訳されることが多いが、ここではひらがな表記を使用したい。第一篇の仏語タイトルは、Du côté de ・・・であり、これは地方特有の話体表現だからであり、これを生かすにはひらがな表記のほうが適しているからである。)

 第1部 コンブレ
 「スワン家のほうへ」冒頭近くで、母親に勧められて紅茶に浸したマドレーヌ菓子を口にした主人公は、その味と香りに刺激され、かつて少年時代に同様にマドレーヌ菓子を勧めてくれたコンブレのレオニ叔母の寝室を思い出す。有名な無意識的記憶の場面。以下に引用するのは、思い出された日曜日のレオニ叔母の部屋の描写だ。なんでもない散文のようだが、そこではコンブレの人物たちがその後に起きる無意識的記憶を連携を取りながらすでに準備している。複数人による活発な実践の場面は、その後に母親によって引き起こされる無意識的記憶が、レオニ叔母の寝室の延長で起きたのだという印象を読者に与える。

 女中のフランソワーズが叔母の紅茶を淹れるが、叔母は気がたかぶっていると感じると、紅茶ではなく、例のハーブ・ティーを欲しがる。そんなときには、菩提樹の花を薬袋から必要なだけ取り出し、皿に載せ、それを熱湯に入れるのは、私の役目だった。(・・・)やがて、叔母は枯れた葉やしおれた花の風味を十分に味わってから、その沸騰したハーブ・ティーにプチット・マドレーヌを浸し、それが十分にやわらかくなると、それを私に差し出すのだった。

 無意識的記憶は、主人公一人の内面に特権的な瞬間となって前後関係もなく一回性の偶発となって啓示や救済のようにもたらされたものではない。上の引用文でも明らかなように、レオニ叔母や、女中フランソワーズや、まだ幼かった主人公までが参加して、実践し協力しあうコンブレの活発で感覚豊かな場が無意識的記憶の前座として組まれていた。いわば、お膳立てがなされていた。
 また、無意識的記憶によって思い出される過去は叔母の寝室にはとどまらずに、「コンブレ全体」にまで広がってゆくが、これもレオニ叔母の部屋が、コンブレという町のさまざまないとなみを事前に取り込み、外部の諸活動を集約し、さらにはそれらを賦活させる場になっていたからなのだ。なにしろ、叔母の部屋には「果物が果樹園を離れたあと、(・・・)絶品の透明なゼリーとなって戸棚にしまわれた匂い」が漂うだけでなく、季節の香りも「家具と化して家の一部」となり、村の大時計も「暇そうだが、几帳面な匂い」となって部屋の中にまで浸透する。部屋はコンブレの聖なるもの俗なるものが匂いとなって充満し、「汲み尽くせない巨大な詩の源泉」となって高められ、人を養う場であるかのようになっていた。外部のさまざまなものが集約され、それらの中心である菩提樹の薬袋のほうにわれわれの関心はまず向かう。
 コンブレの香りは寝室におとなしく収納されたままにはならない。部屋に来るコンブレの人たちによって、さらに付加価値をつけられ、次の人に手渡されてゆく。まだ幼い主人公もすでにその活性化作業に参加する。レオニ叔母に言われて、コンブレの菩提樹のハーブ・ティーの薬の袋をあけ、その花を取り出し、皿に載せ、熱湯の中に入れる。そして、「駅前大通りに植っているような正真正銘の菩提樹の茎」にぶら下がっている「小さな金色の薔薇に似た花が、はっきり浮き出る」のを熱湯の中に認める。衰えているものの、その薔薇色の花を、「なかばまどろんでいる」生命の色だとみなす。主人公は干からびた菩提樹の花を枯れたとは思わず、「まどろんでいる」と思う。消滅したものなのに、すでに隠喩を使って再活性化しよう、賦活しようと試みている。レオニ叔母も、コンブレのさまざまな香りをただ収納にしまい込むだけではない、菩提樹の枯れた花や葉がふたたび放つ風味を味わう。そればかりか、そこにマドレーヌ菓子を浸し、やわらかくなるのを待って、それを主人公に差し出す。叔母も彼女特有のやり方で消滅したものをふたたび生動させ、その後に引き起こされる無意識的記憶をすでに同様の手順で演じていた。部屋に閉じこもり、寝たきり状態とも言えるレオニ叔母も、母親と同様、意外にも主人公をより積極的な活動へとうながしていた。無意識的記憶は、個人の内面にだけ起きる一回性の特異な現象ではない。この記憶が甦るためには、その前段階において叔母をふくめた幾人ものコンブレの人たちや事物たちの積極的な関与が必要だったのだ。
 甦ってくるコンブレは、日本の水中花のプロセスにたとえられる。折り込まれていた水中花の和紙は、瀬戸物の茶碗の水につけられると広がり、「はっきり花や家や人たちだとわかる」形を取り始め、「コンブレすべてとその周辺」が一杯のお茶から出てくる。水中花が花開く過程は、干からびて煎じ茶の袋に入れられていた菩提樹の花がレオニ叔母と主人公によって熱湯に入れられることによって花ひらいたプロセスの再演なのだ。乾いて収縮していた花の再生は、その後に今度は母親からうながされた成長した主人公によって実現されるが、それ以前にすでにレオニ叔母によって試みられていた。彼女はそこでマドレーヌ菓子を幼い主人公に与え、彼を「養う」役割をすでに演じている。
 最終篇「見出された時」において主人公が作家としての使命を自覚すると、レオニ叔母の寝室が主人公の寝室の中に転入してくるように描かれている。彼女の寝室は、主人公の創作を予告するものでもあったのだ。

 無意識的記憶の前に就寝劇が演じられる。その就寝劇後半で母親は、おやすみのキスが与えられずに泣きぬれる幼い主人公に、ジョルジュ・サンド「捨て子フランソワ」を創意に富んだ独自の調子で読み聞かせ、主人公を落ち着かせる。その時、原文に忠実ではない創意に富む朗読の描写には音楽用語が多く用いられているし、のちに主人公を導くことになる作曲家ヴァントゥイユの曲の描写に使われる表現も一部そのまま使われている。母親の朗読の声には「一種の生命」が吹き込まれていて、幼い主人公の苦悩は鎮まり、彼は母の朗読の声によって得られた嬉しさに身をまかせる。
 こうまとめてしまうと、就寝劇後半の朗読の場面も母親と主人公のふたりだけで演じられているように見える。しかし、ここでも就寝劇が演じられる以前に、コンブレのもうひとりの登場人物 ― 祖母 ― が この朗読劇を準備している。この祖母も無意識的記憶の場面におけるレオニ叔母と同じように、母親がはたす重要な役割の前座をつとめている。
 父親とは異なる教育方針の祖母は、主人公の誕生日プレゼントを買うためにコンブレ近郊の村に二度も足を運び、「隠喩が含まれている」ジョルジュ・サンドの小説を四冊も購入し、その袋包みを主人公の部屋に贈答の袋として置いておく。サンドの小説が祖母によって選ばれたのは、そこに隠喩が使われていたからだが、この隠喩はのちにバルベックで画家エルスチールの創作の秘密として主人公が学び取ることになる造形性に富む重要な概念だ。その隠喩をすでに小説冒頭から祖母がとりわけ好んでいたことがわかる。その隠喩が多く使われているサンド「捨て子フランソワ」を、今度は就寝劇の晩に母親が引き継ぐことになる。母は原文に忠実な読み方でなく創意に富む調子で主人公に朗読し、隠喩の重要性を読み伝えたことになる。祖母は母親の分身であり文学上の好みも共通していて、二人とも隠喩を評価する。隠喩とは、従来の類似性の中に新たな側面を見出し発掘しようとする創意ある姿勢である(佐藤信夫「レトリック感覚 ことばは新しい視点をひらく」)。主人公もそうした母親や祖母の態度に導かれ、自らも隠喩表現を用いる創作態度を重視するようになり、母親による「捨て子フランソワ」の朗読に応えるようにして自らも創作を始めることを最終篇巻末において決意する。したがって、祖母が外部から取り入れた隠喩は、母親によって実際に使われ、それを受容する主人公は隠喩 ― 類似に基づく造形性の創出 ― を自らの創意の基本に据え、創作に取りかかろうとする。3代に渡る時間の流れにおいて、隠喩がふくむ造形性が受容され、そこからはまたさらに新しい創作が試みられてゆく。
 レオニ叔母や祖母が外部の生活から取り入れたものは、コンブレの人たちの協力もあって高められるが、その活動的な実践の姿勢は最後は母親から主人公に伝えられる。こうした演出は、無意識的記憶や就寝劇の場面に共通するものとなっている。

第3部 土地の名・名
 主人公の初恋の相手ジルベルトとの愛は成就されることなく終わるが、彼女の場合も上記で確かめた大きな展開に沿う形で主人公を導くことになる。ジルベルトもまた外部から受け取ったつつましくもある事物 ― この場合、主人公が彼女に書き送ったプチ・ブルー (気送郵便) ― を周囲の外部の人たちを巻き込む形で光輝あるものに高める術を知っていて、そうして魅力あるものにされたプチ・ブルーを主人公に手渡し、彼に実践をうながすという役目をやってのける。
 「それは、昨日まではなにものでもなく、小さなプチ・ブルーでしかなかったのだが、私が文面をしたため、それを配達人がジルベルトの門番に届け、召使いが彼女の部屋まで運んだことによって、値がつけられないほど価値のあるもの」に変容する。当初こそ、主人公がプチ・ブルーの宛名欄に書いた「ジルベルト・スワン」という字は「空虚で孤独な線」でしかなかったが、そこには外部を経由するうちに郵便スタンプが押され、配達人による走り書きが書き加えられ、召使によってジルベルトに手渡され、それを彼女から見せられることによって、プチ・ブルーは「私の夢に加担し、それを維持し、さらに引き上げ、私を喜ばしてくれた」。さらには、主人公がそのプチ・ブルーで貸してくれるように頼んでおいた作家ベルゴットの著作を入れて封蝋が押されリボンがかけられた小包 ― これも外部を集約する豊かな包み ― をジルベルトは主人公に手渡す、「ほら、これでしょ、あなたが私に頼んだものは」。そして、主人公はベルゴットの著作を読み、そこからやはり隠喩の重要性を学び取ることになる。
 のちに、彼女は主人公にゴンクールの日記も貸し、彼の文学観形成に貢献する。またサン=ルー侯爵と結婚することによって、貴族社会における爵位や階級制の恣意性を明らかにするし、またコンブレにおける二つの「ほう」が貴族とユダヤ人の所有地を狭く厳密に仕切る確定されたものではなく、二つの「ほう」は実は隣接していて交通が可能であることもあばく。いずれ、ジルベルトへの愛は、アルベルチーヌへのより深い愛に発展的に受け継がれることになる。ジルベルトとの恋は、アルベルチーヌとの恋と同様に実ることなく終わるが、ジルベルトが主人公を作家ベルゴットへ導いたのに対して、アルベルチーヌは画家エルスチールや作曲家ヴァントゥイユの世界へと主人公を導くことになる。この三人の芸術家の作品には、主人公を創作活動へと誘う表現が多くふくまれている。
 ジルベルトの母親のオデットは当初、名も教養もない大部屋女優だ。オデットも、結婚する以前はスワンの嫉妬をかきたてるが、その本当の姿は心理分析だけでは見えてこない。ボワ・ド・ブーローニュに隣接する自宅内で身を飾る見事なファッションがまず描かれ、その高級娼婦としての性的なものが秘められた魅力や主人公の父親の「意味のない言葉」にたちどころに「繊細な加工を施す」巧みな話術も語られる。しかし、それらはただ室内で輝くものではなくなる。当時、日曜になるとブーローニュの森は近くの高級住宅地の婦人たちが自慢のファッションで身を飾り、馬車に乗って「ピクニック」に繰り出し、その斬新なモードに立ち合おうとしてボワの沿道には庶民たちが集まった。パリのベスト・ドレッサーのひとりオデットがこうした<見る見られる>双方向の視線が交わされる華やかな公開ファッション・ショーの機会 ―  日曜の朝のアンペラトリス通り、5時の湖水一周、金曜の競馬場・・・ ― を見逃すはずがない。「女性のエレガンスの数々の傑作」が室内だけでなく、休日のボワという開かれた華やかな場においていっそう見事に披露されることになる。オデットは森で主人公とも親し気に会話を交わす。オデットの室内に隠されてきたセンスが、ここにおいても外部にも発揮される。モードという新しい傑作群も、ボワという、また「1878年万国博覧会」という外部によってさらに若々しいものに昇華されるかもしれない。そんな予感も最後は漂う。オデットのモードは、いずれアルベルチーヌにもさらに発展された形で受け継がれてゆくことになる。

        ボワ・ド・ブーローニュのパリジェンヌ
        作者:フランソワ・ゴルゲ(1862-1927)

 こうして、当時新しく価値が認められつつあったモードとか料理とか工芸も、従来の大芸術に次ぐ芸術の作品群として、その豊かな可能性が描かれる。アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家エミール・ガレの作品も小説の中に登場する。レオニ叔母の女中フランソワーズにしても、主人公の母親によってもかわいがられ、「失われた時を求めて」巻末ではその途方もない料理の腕だけでなく、その芸術的センスそのものが高く評価される。創作を決意する主人公も、執筆しようとしている作品をフランソワーズがブフ・モード ー ニンジンなどを添えた牛肉の蒸し煮 ー やドレスを仕立てるようにして書いてゆこうと語る。その創作を手伝うフランソワーズは、一方では妊娠中の下働きの女中をいじめたりするのだが・・・(牛場暁夫「料理女フランソワーズ」「『失われた時を求めて』交響する小説」所収)。
 たとえ罪深く、過失を犯したとしても、創意に富む活動を実践することによって人はいずれ変貌するかもしれない。そんな贖罪の可能性さえ最後には感じられる。コンブレに住む、のちに大作曲家になるピアノ教師ヴァントゥイユの娘の同性愛の女友だちも同様に創造的な活動を行うことによって自らがかつて犯した悪をあがなうことになるかもしれはい。この女友だちも、ヴァントゥイユが生前に書き残した作曲の草稿を解読して譜面に起こすという創造的実践に取りかかり、その結果彼の作曲家としての名前を不朽のものにする。ヴァントゥイユ嬢との同性愛にふけることによって音楽家の晩年を暗いものにしたが、女友だちが犯した、同性愛という当時過誤とみなされていた行為は、音楽家によって作曲された作品をまとめあげるという創造的行為を行うことによってつぐなわれるという可能性が示唆される。

第2部 スワンの恋
 3部構成の中でこの第2部「スワンの恋」だけ、三人称で執筆されている。スワンは貴族のサロンにも出入りする粋人だが、オデットと出会ったパリのヴェルデュラン夫妻のサロンこそ最高だと判断し、その「小さな核」にこそ真の価値があると思うようになる。そして、審美主義者で偶像崇拝者 ― 「芸術家たちが陥りがちな知性の罪」(「模作と雑録」「サント=ブーヴに反論する」所収)― であるスワンは、その美的教養の知識から愛人オデットをボッティチェリのチッポラと同一視してしまう。「オデットに会うという楽しみが、彼自身の美学的教養によって正当化される」のを喜ぶ。また、サロンでヴァントゥイユのソナタが演奏されても、全曲を聞くことなく、その断片を一義的に恋の「国歌」だと思い込み、恋をそこに還元し固定してしまう。
 見てきたように、第1部や第2部ではプッチット・マドレーヌにしても、プチ・ブルーにしても、また就寝劇において母親から呼びかけられる主人公の名前にしても、それらはいずれも愛称なり通称なり、ファースト・ネームであり、いずれも親しみが感じられる呼びかけであり、うながしだ。しかし一方、スワンのほうは名前を大芸術作品名と取り替える代入作業のような命名を行う。また、第1部や第3部で描かれるものの魅力は、まずその潜在力が多角度から集められたうえ、それらが数次に渡って増幅され、多声構成の作品に造形され高められてゆく。しかし、第2部「スワンの恋」ではスワンはひとりで完結する世界にとどまり続けるので、物事が時間をかけて共同で形成されてゆくプロセスに読者は立ち会うことができない。
 オデットの日常生活に好奇心を抱き、彼女の動向を探ろうとするとき、スワンは「字義通りの知的価値を有する、まさに真実の追究にふさわしい科学的な調査方法」を一方的にあてはめようとする。また、オデットの心変わりを追求するようになった時は、彼女を「症状が悪化した」「病人」のようにみなす。スワンの場合、分析的知識が先行するため、多くの観点や記憶を呼び寄せて時間というプロセスの中で集約するような「時間の中の心理」に立ち会うことができない。
 嫉妬に駆られてオデットの不実をあばこうとするスワンによる恋愛心理の分析は精緻なものだ。しかし、プルースト自身は知的ではあったが、知的であることだけでは十分ではないことをわきまえる知性の持ち主だった。心理分析だけではたどり着くことのできない存在そのものの未知で広大な領域を、時に夢や性や悪の淵源をのぞき込むように探究した。彼は古典的な知性を駆使して十七世紀のモラリスト風表現を組み立ててみせる。例えば、ポルトレと呼ばれたモラリスト風の機知に富む人物・性格描写も描いてはみせる。しかし、アルベルチーヌのような何度も変貌を繰り返す人物はポルトレには回収されず、そこからははみ出してしまう。むしろ、プルーストドストエフスキー ― プルーストは「白痴」を「もっとも美しい小説」と書簡で評した ― やフロイトなどによって切り開かれていた精神の奥深い領域における動きに、また創造という存在の根源的な働きに時間をかけて迫ろうとした。
 人はけっして他の人を知りつくすことはできないことをプルーストは知っていた。「出来事や人物や事物は絶対的な非決定性のうちにとどまる」し、「しばしば分析に付加されていた「説明」もかならずしも私たちを満足させるものではない」。「定義された現実がその定義を逃れてゆくこのような運動、それがプルースト的現実に浸透した神秘をまさに形づくっているのだ」(エマニュエル・レヴィナスプルーストにおける他者」)。
 他者のいない自己完結する世界にいたスワンも、しかしオデットの愛を失いパセティックな思いにかられる時に、サン=トゥーヴェルト侯爵夫人のサロンでヴァントゥイユのソナタを聞き、はじめて感動して、涙が頬を伝わる。恋ははかなく消えてゆくが、その時になって、はじめて創造に向かい多元的に構成される世界を認めることになる。ソナタは一義的な意味に回収され定着されるものではなかった ― 「われわれが一人でいるときの嗚咽ではなく、むしろ友だちといるとき、友だちの中に似たような感動でほろりとなっている別の自分を認めて、もらい泣きをするときのような嗚咽だった」。スワンが初めて聞き留めたのは「知性をもってしては入り込むことはできない」が、ピアノとヴァイオリンが「創造に向けて対話」を交わしていた世界だった。それは、創造に向かう「切々と心に訴えてくる何かしら人間的なもの」の呼びかけであり、うながしだった。それまでの独我論的な狭さは乗り越えられた。聞こえてきたのは、オデットとの対話では立ち会うことが稀だった、創造へ向けてうながし合うような対話だった。
 創造に向かう中にあって建設的なものが多元的に交わされ合う瞬間は、やがてスワンに代わり、主人公がヴァントゥイユのソナタや七重奏曲から聴取することになる。 メロディーよりも多彩なハーモニーが、そして祝祭的な賑やかさが、ソナタからよりも七重奏曲からより明確な形を取って展開され、広がり出てくるのだ。
 この点では、スワンは主人公の精神上の成熟をすでに予告し準備している。また、こうした創作活動は、コンブレの人たちがすでに実践していたことでもあり、コンブレの生活はすでに主人公を先導していたと言えるだろう。、
 「失われた時を求めて」の独訳を試みたことのある哲学者ベンヤミンは、個々人の孤立を越えて、民衆たちが創造する主体になる可能性を構想した。創造には、集団的で多元的なプロセスがその過程に組み込まれることになると主張して、新しい芸術創造の必要性を説いた(「技術的複製可能性の時代の芸術作品」)。
 登場人物の性格や名前の固定的な自律性や、また小説における語りの単線の直進性といった技法は、近代小説の構成を支える普遍的なものとされてきたが、そうした慣例は、見てきたように、プルーストの長編小説においては再検討に付されている。
 創造へ向かう集団によって形成されるプロセスのあいだには、罪をあがなう贖罪の作用も働く。ディストピアや生きづらさや喪失といったテーマがしきりに扱われる現代の文学の中にあって、「失われた時を求めて」全7篇は、珍しく「幸福な書物」(アントワーヌ・コンパニョン「時間」「プルーストと過ごす夏」所収)である。そして、第一篇「スワン家のほうへ」には、長い時間の中を幸福に向かってのびようとする萌芽が多彩にはらまれているのだ。
       
                                           編集協力  KOINOBORI8

                               

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街を歩く フィレンツェを有元利夫と

 ローマやヴェネチアよりも、私はフィレンツェの町を歩くのが好きだ。ローマには、ローマ帝国の威容を誇る巨大な建造物が多いし、遺跡群も規模が大きい。そのためか生活の匂いがするようなおもしろい街角や広場を見つけることがややむづかしい。哲学者ベンヤミンも、ローマよりもパリの室内の感覚にも触れることができるパサージュのほうを好んでいる。ヴェネチアはどうか。確かに素晴らしい。でも、ヴィスコンティ監督の名画「ヴェニスに死す」から受けた印象が強く、その余韻がまだ消えないでいるので、私のヴェネチアには、19世紀末豪華ホテルの時間が止まったような爛熟した雰囲気がたちこめている。有名なサン・マルコ大聖堂も重々しく、権力を誇示するような所が見えてくる。なるほど、プルーストヴェネチアを魅力ある町として描いたのだが。
 ローマもヴェネチアルネサンスに興隆期を迎えるが、フィレンツェは、小さいながらも、ルネサンス誕生期に初々しい文芸の華をいちはやく咲かせた。私はそうしたフィレンツェにもっとも惹かれる。
 フィレンツェにも周囲を圧倒する背の高い宗教建造物もそびえ立つが、二十歳代の頃から何度かフィレンツェを訪れてきた私には、むしろ三階までの低い世俗の邸宅のほうにこの町の魅力を見い出す。邸宅では、中庭が高いアーケイド風列柱のよって取り囲まれ、その開放的な造りは邸宅が外の町につながっていることを示している。邸宅は個人のプライバシーを囲い守るものではなく、住人は周囲の市民たちと同じ関心を共有しながら生活していたことがうかがわれる。豪商にして文化活動のパトロンで有名なメディチ家の邸宅も、なるほど家門の威光を示す紋章などで飾られてはいるが、中庭はやはり外部の都市空間とつながっていて、行事の際などは市民たちの集会場としても使われていた。
 また、町の周囲に広がる小高い丘にはトスカナ地方の穏やかな風が通うが、そこに造られたヴィラ(別荘)の中には、方列状に並べられた無数の噴水からいっせいに水が噴き出る驚異の庭もある。独特の形であれ、ヴィラにおいても外部の自然のいとなみが、内部の庭にまで取り込まれている。
 こうして、フィレンツェでは家屋と外部の都市空間がつながり、相互浸透が起きるのだが、この町では時間も、単線的に一方向にただ流れてゆくものではない。時間はいくつかの面となり、重層的に積み重なってゆく。つまり、町の市街地の中心には、古代のローマ時代遺跡がそのまま残され、現在の自治都市の構成要素のひとつのとして生かされている。また同時に、中世の時代も感じ取ることができる。古代、中世、現代は、関連を持たずにただ別々に置かれているのではなく、互いにつながっている。例えば、画家ジヨットの描く人物は平面的で無表情で、その表現は中世的だが、それは同時に次に来るルネッサンス誕生期特有の表現 ― 演劇的身振りや奥行き ― を予告するものともなっている。
 こんな風にして、私は成功した文化都市に潜む魅力を追い求めながらフィレンツェを歩いた。そして、私の関心は次第に、50はあるといわれる広場で繰り広げられていた多様なアトラクションや、そこに観客として参加したはずの市民たちの歓声を追うようになった。当時、市民たちの識字率は上昇し、公立図書館まで設けられた。
 そんな頃だった。たまたま入った東京の画廊で、アリモト・トシオという若い画家の絵画を見て、そこに強く引き込まれた。画廊に置かれていた画家紹介のパンフでもって、この画家アリモトも若い時にフィレンンツェを訪れ、町のフレスコ画に惹きつけられ、それ以降計四回はフィレンツェを訪れたことを知った。アリモト特有のフレスコ画は、フレスコ画の宝庫でもあるフィレンツェを私に思い起こさせた。
 岩絵具にトルコ石やイタリアの石などを混ぜ、乳鉢ですりつぶして作った顔料を使うアリモトのザラザラする画布はかすかに乱反射していた。絵が見るだけのものにとどまらず、肌合いをおびていて、その感触や手触り感も伝わってきた。人物やモノは量感をははらんで、堂々と存在していた。視覚というきわめて理知的な感覚は、時にモノの表面だけをなぞり再現するだけで終わるが、アリモトのフレスコ画は、描かれているモノに質感や量感や、時に音感までも与え、そのモノの中にまで入ることを見る者に誘っていた。手でもってもまれナイフで削られた岩絵具の多様な層を通過することによって、人物は無駄なものが省かれ、素の姿になり、ゆっくりと画布の表面に現れてくる。外形のピトレスクな表面だけを見て、それをそのまま受け入れることに慣らされていた私は驚いた。イタリアのフレスコ画の町を思い出したが、光景によってフィレンツェが甦ってきたわけではなかった。理知や知識によるものではなかった。触覚というより原初的な感覚を通して印象がしっかりと刻み込まれてきた。触れるという身体的と言ってもよいような体験となった。
 ここにはフィレンツェの50もの広場で演じられていた当時のアトラクションやイベントが描かれている、と私は思った。探していた肝となるピースが突然見つかったような気がした。たしかに、アリモトの絵に描かれている手品師や、占い師や、楽師や、道化のアルルカンたちは、ルネサンス誕生期のフィレンツェの広場に組まれた舞台の上で自ら幕を引き、芸を演じたアノニムの芸人たち ― まだ芸術家といった立派な呼称はなかった ― を彷彿とさせるものだった。 私のフィレンツェが賦活され、賑やかになった。画家アリモトは私と同じようなものを探しているかもしれない、と無知で傲慢だった私は思った。
 それから、驚くような情報が次々に入ってきた。アリモトは、画壇のシンデレラ・ボーイと言われていた有元利夫で、画壇の芥川賞といわれる安井賞を受賞したが、38歳で他界。1946年生まれだから、私と同年。若くして死んだ、稀に見る才能の持ち主・・・。 
 私は、それ以降有元利夫の絵を見る機会を探り続けるようになった。絵の背後から、フィレンツェの広場の往時の賑わいが立ち広がるかもしれない、と思いながら。
 東京谷中で少年時代を送った有元利夫は、物作りの職人たちが多く住む町で道具や工具の使い方を教わり、根っからの「作りたがり屋」になり、手を使って物を作る工芸の楽しみをおぼえた。このためだろうか、彼の作品には、手を器用にあやつり、驚異的なものを取り出す人物が多く描かれている。手だけのデッサンも多い。その手はトランプや花々だけでなく、光線や楽の音まで指先でやさしく捕まえ、あやつってしまう。忘れないでおこう、フィレンツェでも画家はまた工芸の人であり、彫刻などにもしばしば手を染めた。
 有元の描く「室内楽」や、「手品師」や、「雲のアルルカン」や、「道化師」や、「二人のカードゲーム」などを見ていると、その背後からフィレンツェの50もの広場で市民たちを楽しませた手品師や、ボール投げ師や、ミュージカル芸人たちが透けて立ち現れてくる。フィレンツェには、跳躍自慢の芸人たちもいたし、町の中心である花の聖母マリア大聖堂内の聖歌隊席のための浮き彫り「カントリア」(ドナテルロ作)でも、子供たちは思い思いのしぐさで踊り浮遊しようとしている。中世では不動であるべきで感情表現も慎むべきという制約が課せられてきたが、フィレンツェでは人物は自由で創造的な時空間へと飛翔し始める。有元の絵画でも彫刻でも、芸人たちは軽々と重力から逃れ空中を浮遊する。

           室内楽
(出典はすべて「新装版 有元利夫 女神たち」 美術出版社 2006)


        手品師


      雲のアルルカン


      二人のカードゲーム

 フィレンツェが秘める祝祭的な賑やかさを追体験しようとすると、有元の作品がそこへ導いてくれる。フィレンツェの町を歩けば、有元の作品の理解を深めてくれるヒントが見つかるような気がする。
 有元が早世してからもうすぐ四十年だ。最近、気になっていることだが、彼の回顧展が最近開かれない。東京渋谷の大きな会場で回顧展が開かれることになったが、オープニング直前になってコロナ禍のために開催が見送られることになってしまった。彫刻もふくめた有元の諸作品が、ルネサンス誕生期フィレンツェの初々しい魅力にまた立ち合わせてくれることを願わないではいられない。
 こんなことを言うと、私と同年輩の彼は嫌がるかもしれない。でも、有元は私の私の素晴らしい精神上の兄で同伴者でもある。彼は今もフィレンツェの広場を歩いているはずだ。きっと道案内まで引き受けてくれて、驚異の広場につながる路地をこっそり教えてくれるはずだ。

                     編集協力 koinobori8                            

                               

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(2/2) 「銀河鉄道の夜」続篇創作 「(十、)銀河ふたたび」


 カムパネルラはきっと銀河のほとりで生きているのです。カムパネルラはいつもそうして少し遠くから振り返るようにしてジョバンニを導いてきたし、何かとジョバンニのことを気遣ってくれたのです。カムパネルラの友情に報いなくてはなりません。
 ジョバンニはもう何も云うことができず、家を飛び出し、町のほうへ走りました。そこに立っていた天気輪の柱めがけてです。この前は、その柱を上って銀河鉄道に乗りこんだからです。でも、今度は陽はすでに沈んでいて、太陽柱は現れません。いくら待っても待っても、銀河鉄道の汽車はやってきません。
 しびれを切らしたジョバンニは、今度はみんなが海岸と呼ぶ川の河岸のほうに向かって走り出しました。
 家で病気のために寝ているおっかさんには牛乳を届けることができたし、漁師のおとっつあんも北方へ漁に出て長く留守したあと、ようやく家に帰ってくるはずだ。でも今は家のことよりも、銀河のほとりに上ったカムパネルラのことのほうが気になって仕方ありません。彼に追いつこう、会いに行こう。 
 川の「海岸」は命を育む場所で、そこには多くの生物が生きているはずです。泥岩層に見つかるクルミの実には、まだ生きているものもあるはずです。夏休みにはジョバンニはカムパネルラや友人たちと川で泳ぎ、クルミの殻を拾いました。その殻の中には生が無尽蔵に蓄えられていて、握りしめると、その力に鼓動とも息遣いともつかないものが応えました。さらに握りしめると、ざわめきが手のひらをくすぐります。
 夏のこの時期、天の川が川の川面にその姿を映し出します。天の川は川と重なり一体となっていました。しかし、いきなりどうと風が吹き上がり、川の流れを上流のほうへ青白く逆立て、波立たせてゆきました。栗の木でしょうか、ブナの木でしょうか、あたりは急にざわざわと鳴り、揺らぎはじめました。
 不意に、川面に映っていた天の川が、川面から身をふりほどき、身をもたげ、立ち上がりました。天の川は、突然上空へとまっすぐ舞い上がりました。
 川面には、ホタルの群れが乱舞していたので、ジョバンニは錯覚して、舞い上がるホタルの群れの光を川面の天の川と見間違えたのかもしれません。でも、確かに、川面に映り込み静かだった天の川は、一気に水流となり、上空へ駆け上ります。
 さらに、不思議なことが起きました。
 この海岸には無数のわたり鳥が飛来します。突然、一羽のコハクチョウが川岸のクルミをくわえたまま、川面から勢いよく舞い上がり、上空へと吸い上げられました。ジョバンニには、そのコハクチョウが、カムパネルラの魂をくわえて舞い上がったように見えました。言い伝えに、白い鳥は人の魂をくわえて飛び上がるという話があることをジョバンニは知ってはいましたが・・・。
 確かに、天の川が川から身をふりほどき、立ち上がり、それが周囲に浮力を与え、それにつられるようにして、一羽の鳥が一気に上空へと舞い上がったのです。
 その動きは、もう逆らうことのできないものとなり、あたりは巻き上がる竜巻のようなすごい勢いになり、ついにはジョバンニ自身もまた旋回する風に巻き込まれます。 
 空に向かって一気に吸い上げられ、ジョバンニの全身は強く揺すられます。自分は不意に鳥になって空を飛んでいる、青黒く透き通った冷たい光に自分は包まれている、とジョバンニは感じます。
 さらに上空にまで上昇したのでしょうか、遠くに星くずが集まっていて、それが山の雪嶺のように輝きます。いつのまにか星雲に囲まれます。星が近づいてきては、キインキインと聞いたこともない音をたてながら斜めにかすめます。天の川を渡る舟の櫂のしずくなのか、光が束となって降ってきて、ジョバンニは光のシャワーでもって全身が洗われます。流星群の中にも入りますが、東に西に、北に南にと向きを変えて衝突を避けます。もう、上下だとか、方位だとか、距離だとか、遠近といった尺度などは役に立ちません。ただ天空の中を漂うように進みます。地図とか羅針盤のない世界です。上昇しているということだけが感じられます。
 深い淋しさにとらわれます。銀河のどこかにカムパネルラがいるはずだ、いや、いてほしいという願いがジョバンニを励まし、駆り立てます。いつもは表側しか見せない月が、その裏側までさらしています。その下のほうで、稲妻がツンツンと点滅しています。

 でもいったい、コハクチョウとなって舞上げられた自分は、天空のどこに行けばよいのだろう。
 そうだ、銀河鉄道が白鳥停車場で一時停車した時にカムパネルラと連れだって行ったプリオシン海岸に向かって飛んでゆこう、とジョバンニは思いました。
 あの時、プリオシン海岸では大学士と三人の助手たちが、百二十万年も生き続けるクルミを集めていました。あの時、どことなくユーモラスな大学士は、化石という言葉など一度も使わずに、自分たちが取りかかっていた収集作業をまるで植物採集のように説明してくれました。
 カムパネルラだってクルミのように時間を超えて生き続け、プリオシン海岸のどこかで生きているはずだ、誰かによって拾われるのを待っているはずだ。それに海岸ではクルミだけでなく、動物の骨や足跡だって見つけられている。死にあらがい、生を保ち続けているカムパネルラを見出す手がかりだって海岸のどこかにころがっているははずだ。
 ジョバンニはカムパネルラの生の痕跡を見つけ出そうとします。学校の先生だって教室で云っていた、「私どもも天の川の水のなかに棲んでいます」と。そうなんだ、おぼれかけた同級生ザネリを救い出そうとして自らは犠牲となったカムパネルラは、何かの姿になって生まれ変わり、銀河のどこかにいて、そこから光を送ってくる。

 風音に混じって、どこかで聞いた声が近づいてきます。
 
  いまこそわたれわたり鳥
  いまこそわたれわたり鳥

 銀河鉄道に乗って旅をしていた時も、天の川のほとりで赤帽の信号手が青い旗を振りながら、幾組ものわたり鳥に叫んでいました。
 信号手は、天の川流域に飛来するわたり鳥にエサがうまく行き渡るように、あれこれ工夫をこらしていました。わたり鳥たちの交通整理をする信号手という人が流域にいても不思議ではないのです。なにしろ秋から冬にかけて、流域にはオオハクチョウが二百羽も、コハクチョウが百二十羽も飛来してきます。
 赤帽信号手は、川筋に打ち込まれた杭の列に明かりを灯しながら、渡り鳥たちに指示を与えています。この声は自分を導いてくれる声だ、とジョバンニは思いました。そして、みおつくしのような杭の列をたどり、自分たちコハクチョウのために割り当てられた星入り水場に着水することができました。そこには自然に仲間たちも集まってきます。

 銀河を飛び続けると、苹果や野茨の匂が追いかけてくるように漂ってきます。車窓の両側に広がる農地を上から見渡していると、銀河鉄道で乗り合わした鳥捕りが、河原で働いているのが目に止まりました。商店を構え、捕まえた鳥を保存食にして、通りかかる町の人たちに鳥を売っています。
 「寄ってらっしゃい! 栄養満点だよ!」
 自分の商店の屋号を染め抜いた法被を羽織っていました。鳥捕りの大将が鳥を捕まえていたのは、奇妙な暇つぶしなどではなかったのです。銀河鉄道に乗りこんできたときは、どこか不思議な人だと思い込み、鳥捕りの饒舌を半信半疑で聞いたことを思い出し、ジョバンニはその時の自分の思い込みを悔やみました。土地の気のいい働き者の鳥捕り大将が銀河鉄道の車内で乗客たちに勧めていた食べ物は、お菓子などではなく、実は地方の重要なタンパク源だったのです。
 それに鳥捕りは車内でジョバンニの切符を見ながら、「切符」と云わずに、もっと有効区域の広い「通行券」と云ってくれました。ジョバンニの銀河への今回の二度目の旅が自由に飛び回る旅になることを密かに予告し、また励ましてくれてもいたのです。
 「おや、こいつは大したもんですぜ。どこでも勝手に行ける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、いろんな所まで行けます。こんな銀河鉄道なんか使うよりも、もっとどこまででも行ける筈でさあ。大したもんです」。鳥捕りの大将は、鉄道切符が、実はどこにでも行けることを保証する通行手形であることを請けあってくれたのです。

  あかいめだまの さそり
  ひろげた鷲の つばさ
  あをいめだまの 子いぬ

 星めぐりの歌が聞こえてきました。風に運ばれてきて、切れ切れになっていました。ジョバンニはその透明な声の歌をたがいにつなぎ合わせようとします。ふた子の星が向かい合い、銀笛を吹き交わしています。そのうちに、ひとつの星が、虹を飛ばして遊ぼう、ともひとつの星にもちかけます。いつしかジョバンニも遊びの輪に加わります。
 星は物質の塊りですが、歌を作ってはそれを歌うし、他のいろんな物とも交信を交わします。生きているとは見えない物の奥にも、歌が、そして命が潜んでいる。それに、銀河鉄道蒸気機関車だって、「新世界交響曲」をあたりに奏でていました。
 ジョバンニは楽しくなって、歌を聞くだけでなく、それを身体でもって表現しようとします。まわりの動きに合わせた動きが、身体の奥から自然に湧いてきます。
 銀笛の音を聞くうちに、ジョバンニは思い出しました。たしか銀河鉄道の車中でもカムパネルラがこれと同じ曲を口笛で歌ってくれた。アルバイトのために銀河祭りに参加することができなかったジョバンニのために、カムパネルラは楽しい音楽を口笛で吹いてくれた。今もこうして、その口笛の音を聞かせるだけだけど、カンパネルラは僕の目の前に現れようとする。

 「おほぉっ、おほぉっ」、奇妙な声が応えます。奇妙な、でも、生き物の自然に発せられる声です。声変わりの時の 声の変調ではありません。そうでした、ジョバンニはコハクチョウニに変身しているのです。
 でも、とたんにジョバンニはカムパネルラに会えない淋しさに胸を締めつけられます。星めぐりの歌の調子が快活なものだっただけに、またふたたび襲ってきた悲しみは強烈なもので、ジョバンニの心は強く締めつけられます。
 水死したカンパネルラの姿が目に焼きついて離れず、深い悲しみにとらわれます。でも、ジョバンニは気持ちを強くもって銀河上空を飛び続けます。
 なんといっても、鳥捕りの大将が、銀河鉄道の切符が実はどこにでも飛んで行ける通行手形であることを請けあってくれたのです。この通行券をくわえたまま飛び続ければ、銀河のほとりで生きているカムパネルラを見つけ出せるはずだ。ジョバンニは羽根を懸命に羽ばたかせます。自分には周囲を大きく鳥瞰できる目がそなわっているのだ。
 大きく旋回して、ふたご座の所に来ました。ふたご座は船の航行を守ってくれる、船が嵐に遭うと、嵐をしずめる火を送ってくれる、とカムパネルラは、以前彼の家に遊びに行った時に教えてくれました。
 そのとき、彼は家の奥から一枚の絵の複製を取り出してきて、「これは僕の好きな絵なんだ」と言って、それをジョバンニに見せてくれました。ゴッホの「星月夜」でした。
 「なんだか、見る人によっては、とってもこわい絵だと言う人もいるけど・・・」。
 大きく描かれた夜空が、青暗くうねる渦となり、星々がその中に吸い込まれてゆくように見えて、確かに不気味な絵でした。ふだんは直立したまま動かない糸杉も、餌を探すイソギンチャクのようにゆらぎ、黒くて不吉なものでした。
 「でも」、とカンパネルラは続けました、「僕は、この青黒い渦に負けまいとして光を放つ星々や、下に広がるゴッホのオランダの故郷の寒村に光る小さな窓がとても好きなんだ。すべてを吸い込もうとしている暗い夜空の、青黒い渦巻きを前にして、斑点のような星や窓はそこで暖かい生活の光を放っている。自分たちの差し迫った消失とか消滅に逆らい、自分たちの生活を保とうとしている。圧倒するような夜空の底知れない渦の中に取り囲まれても、小さな星や寒村の窓たちは、その荒い黄色のタッチだけで闇の中に輝こうとしている。

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 それに、もう少しで、朝なんだ。この時、ゴッホは東のほうを向いていて、朝日が上るのを待っていたんだ。星のひとつは、明けの明星と呼ばれる金星で、日の出を告げている。その星をゴッホはとても大きく描いている。
 ゴッホは、画家ゴーガンたち画家仲間を集めて、共同制作に励もうとして南仏アルルに黄色い家を借りる。その黄色の家のベッドも、ひまわりも、ゴッホは生活を表す黄色を分厚く使って描いてゆく。
 「黄色い家」と題された絵には、画家仲間を乗せたと思われる蒸気機関車まで描かれている。それも黄色い家に汽車が直接到着するように描かれている。黄色い家は、ゴッホにとって、みんながやって来るはずの停車場でもあったんだ。まもなく到着するはずのみんなを待ち受けるゴッホの、子供のような喜び・・・。そんな楽しげな蒸気機関車を、ゴッホはほかの絵にも描き足している。
 ゴーガンだけが黄色い家にようやくやって来るけど、結局ふたりは衝突する。激昂したゴーガンがパリに帰ろうとすると、ゴッホのほうは精神のバランスを狂わせ、錯乱する。カミソリで自分の耳をひとつ切り落とす・・・。
 黄色い家での芸術家コロニー建設の夢などは空中分解してしまい、いっさいが砕け散る。
 これですべては終わった、ゴッホも終わった、という人もいる。でも、僕にはそうは見えない、精神錯乱のしるしを嗅ぎつけようとする人は多いけど。
 だって、この事件の後に描かれたこの絵「星月夜」を、もう一度よく見てごらん。星も寒村の窓も小さくて、暗黒の巨大な渦に取り囲まれ、溶かされてしまいそうだ。けれど、実は星や窓は、懸命に生活の黄色を光らせ続けている。黄色は、荒いタッチでしかないし、破片でしかない。だけど、実はとてもたくまくて、生き続けている。
 きっと、この星や窓の黄色は、芸術家コロニーの夢が砕け散つたあとの、空間や時間に飛び散った黄色い家の破片なんだ。残骸でしかない。でも、ゴッホはあきらめない。ゴッホは、破片となってしまった黄色い家を必死にまた集め直そう、拾い直そうとしている。荒いけど、黄色の斑点は、残された共同生活の、安らぎの、生のしるしであり続けている。
 カンパネルラの話に、ジョバンニはただ黙って聞き入るばかりでした。
 同級生だった少年カンパネルラが今やすっかり青年に脱皮しようとしていることに気づき、ジョバンニはまるでまぶしいものを見るようにして、彼を見つめ直しました。
 ジョバンニは、ゴッホの「星月夜」の黄色のタッチは、荒く小さなものだけど、まだ生きていて、とても遠くからでも呼びかけてくるものだと思いました。そして、それが川の「海岸」や銀河のプリオシン海岸で見つけたクルミの実に少し似ているな、と思いました。

 ふたご座の所にまで来ると、銀河の彼方に大きな白鳥座が浮き上がりました。ふたご座と白鳥座は、学校で先生が云ったように、天の川という「巨きな乳の流れ」によってつながっています。白鳥座はふたご座の父親と言われてますが、ジョバンニには天の川を抱えるようにして悠然と飛ぶ白鳥座が、むしろふたご座の母親のように見えてきました。
 星々は、孤立していたわけではなく、天の川に沿って互いにつながっていました。川沿いに町が描き出され、町はまたいくつか連なり、流域という生活圏を形成していました。
 大きく翼を広げ、白鳥座は南へ南へと向かいます。白鳥座の大きさにジョバンニは思わず息をのみました。夏の夜の主役は、なんといっても白鳥座です。
 散らばる星々を線で結んでみると、オオハクチョウが描き出され、その背中が美しい野原となって目の前に広がります。ジョバンニはその背中に舞い降りようとして、白鳥座に必死になってさらに近づきます。
 銀河鉄道に乗っていて白鳥の停車場に近づいたとき、車窓から外を眺めていたカムパネルラの目が突然輝き、「白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ」と云ったことを思い出しました。
 白鳥停車場での20分の停車時間を利用して下車し、駅を出て、水晶細工のような銀杏で囲まれた野原をカムパネルラとジョバニは連れ立って歩き回りました。夢のような時間でした。白鳥座の中心に広がる野原には、林や牧場や苹果や三角標や四辺形のものがさまざまに集まっていて、その辺りがボーッと光ります。月長石に刻まれたような紫のりんどうが、時折りツァリンと音を立てて花を咲かせます。野茨が神秘的な匂を放っていました。
 見渡すと、野原には銀河鉄道の車内で出会ったことのある人たちが集まっています ― 鳥捕りの大将、赤帽信号手、燈台看守、そしてカムパネルラも、彼が川から救い出した級友ザネリやそのおっかさんも。
 野原に集まったみんなは古くからの知り合いのようで、銀河鉄道だけでなく、天の川も生活の大動脈として利用していて、舟を浮かべては互いに行き来していました。みんなは野原でなにやら楽しげに話し合っています。今夜は、銀河祭りの最後の夜なのです。
 カンパネルラも親しげな様子で話しています。背中がピンと伸びていて、決断を下す大人のような雰囲気を辺りに漂わせています。カムパネルラは強さを身につけている、そう、一角獣の角の強さを。町の時計屋に飾られていた星座表で見て以来、ジョバンニは一角獣の強さに憧れ続けてきました。
 大きな鳥が羽根を羽ばたかせる時に起きる風が繰り返し吹きつけてきます。その勢いに煽られ、追いつこうと急ぐジョバンニは吹き飛ばされそうになります。それでも、みんなが集まる白鳥座に少しずつ近づきます。
 コォーッという鳴き声が響きました。闇に目をこらすと、星画びょうによって静止画像にさせられてきた星座が、そこから身をほどき、孵化をはじめ、翼を左右に押し広げ、しなやかにはばたかせています。天体に潜んでいた微光が、その翼を白く染めてゆき、翼は燐光を放ちます。輪郭ははっきりとはしません。でも、みんなが集まっている野原が、一羽の巨きな白い鳥の背中にそのまま乗って銀河を滑ってゆきます。
 カムパネルラが銀河鉄道から失踪する直前に云った最後の言葉の意味がジョバンニにはようやくわかってきました。汽車がサウザンクロス駅を後にして旅も終わろうとしていたとき、カムパネルラは銀河鉄道の旅の印象をまとめるように、はるか彼方の白鳥停車場の野原を思い出してこう云いました、
 「あゝ、あすこの野原はなんてきれいだろう、みんな集まっているねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あゝあすこにゐるの僕のお母さんだよ。」
 その時、カンパネルラは何かを決心した様子になりました。この時だけ、いつもとは違い、カムパネルラは「おっかさん」ではなく、「お母さん」という言葉を使いました。ふだんは、ジョバンニも母親を「おっかさん」と呼びます。でも、カンパネルラがこの時だけ口にした「お母さん」とは、いったい誰のことなんだろう。
 ジョバンニは、考えました ― カムパネルラの云うこの「お母さん」とは、野原に生を吹きこみ、生命連鎖のように新たな生を産む母性とか母胎のことではないだろうか、と。代がかわっても生活を守る母なるもののことではないだろうか、と。
 きっとカムパネルラは、オオハクチョウの背中にみんなが集まることができる共同の場を切り拓き、耕そうとしているのだ。ゴッホの絵「星月夜」を見せてくれたのも、生が産みつがれてゆく場を作ろうとする夢を僕に話してくれるためだったんだ。その野原の開拓と開墾の実現のためなら、たとえ自分が犠牲になって気園にみじんとなって飛び散ってしまうとしても・・・、という決心のようなものをカンパネルラは僕に話してくれたのだ。

 生の野原の近くに、死の孔である石炭袋が大きく深く、どほんと顔のない口を空けています。白鳥座の真ん中近くで暗黒星雲の孔が何かを飲み込もうとしています。その渦巻く黒い孔からあまり離れていない野原の畑で、カンパネルラが大きな黄色い太陽を背にして種を蒔いています。
 野原を背負うオオハクチョウにさらに近づきます。見え隠れしていたカムパネルラの姿が、いよいよはっきりと目にとまります。こちらを振り返っています。
 「カムパネルラッ、カムパネルラッ」
 必死になって何度も大声でジョバンニは叫びます。

 その叫び声で、長い夢想からジョバンニは目をさまし、我に帰りました。自分はまだ北上川の海岸にいて、手にしたクルミをまだ握りしめ続けている。自分はまだ地上にいる・・・。
 夜空に広がる星座を見上げてみると、南へ南へと向かう白鳥座の口ばしのところに美しい二重星がまたたいています。眼もさめるような黄玉と青宝色の二重星がはっきり見えます。この二重星はきっとカムパネルラと自分なのだ、そうに違いない、とジョバンは思います。
 しばらくすると、ジョバンニには、その二重星が銀河で交わしている声が聞こえてきました。二重星は、オオハクチョウの背中に広がる野原のこれからの開墾の仕方などについてあれこれ話し合っています。
 銀河祭りが終わる夜にカムパネルラにようやく追いついて興奮気味のジョバンニは、もう夢中になってカンパネルラに話しかけています ―「ぼくたち、ここで地上よりもいゝとこをこさえなくちゃいけないって、僕の先生が云ってたよ」。
 遠くの地上から勢いよく追いついたジョバンニは突然、準備して暗記までしたことを、口をとがらせながら懸命に言います。
そんな教科書の文章のような発言にたいして、カムパネルラはちょっと驚いてから、苦笑いのような笑いを口元に浮かべます。ジョバンニは、カンパネルラの言葉に比べてたら、自分の言葉がなんだか、まだなんだか自分でも軽い、と思います。でも、話したくて止められません。嬉しくて仕方がないのです。
 オオハクチョウも、カンパネルラと顔を見合わせます。こうこう、とオオハクチョウが鳴きます。その声は四方八方に、上下左右にどこまでも銀河に響きます。オオハクチョウも、息を切らせて地上から合流してきたジョバンニに、きっと何か言いたくなったのです。


                                編集協力・写真撮影:KOINOBORI
                               

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(1/2)なぜ「銀河鉄道の夜」の続篇「銀河ふたたび」を創作するのか


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 「銀河鉄道の夜」は、作者宮沢賢治が亡くなる1933年(昭和8年)までの10年間、繰り返し書き直されました。現在残されている最終稿にしてもそれは決定稿ではなく、賢治が生きていれば、その後にも加筆や訂正が行われたはずの未定稿と考えられています。
 「銀河鉄道の夜」は死後出版された未完の童話ですが、その枠を越えるような傑作です。大正時代に全盛を迎えた私小説には見られなかったような、社会への問いかけが含まれた、斬新な詩情に富む作品です。私小説では多くの場合、ウエットな風土において作家個人の<私性>が執拗に凝視されましたが、昭和に入ると、そうした狭い殻は打ち破られ、新しい創作の時代が到来し、多くの傑作が生まれます。「銀河鉄道の夜」は、こうした昭和初期の文芸興隆期を代表する作品のひとつです。
 沈痛な美しい闇も描かれますが、物語の舞台ははるかな銀河へ、天空へと膨らみ、銀河を旅するふたりの少年の周囲で繰り広げられる物語には多くの魅力が秘められています。暗黒星雲も現れ、時には神秘的にもなるし、少年がおぼえる孤独も喪失感も描かれますが、星々は実在感に富み、そこに宿る生命感はわれわれ読者を新しいファンタジー、幻想の世界へと連れ出してくれます。しかし、同時にこの童話にはそれだけにはとどまらない、生と死とか社会活動といった大きな問題も実ははらまれていて、それらはこの童話に深みのようなものを与えています。

画像はGAHGより

 しかし同時に、この傑作には展開がなめらかに進まない箇所が何箇所かあり、このため読者はある当惑をおぼえることになることは指摘しておきましょう。
 例えば、作品巻末で主人公ジョバンニの親友カムパネルラは水死しますが、親友との死別というこの作品の最大の事件にしても、その箇所では話があまりにも速く性急に進んでしまいます。もちろん、親友カムパネルラが川に落ちた友人を救おうとして自己犠牲ともいえる行為を行い、溺死を遂げることはよくわかりますし、そこに緊迫感が広がり、事故現場に駆けつけた主人公ジョバンニが覚える絶望や喪失感も伝わってはきます。しかし、友情の喪失という悲劇を描写するにしては、事態は何度かあわただしく急変するし、主人公の心情も充分には描かれません。傑作にしては結末はあまりにも唐突なものになっています。この結末には、もっと多くの字数が必要ですし、もっとたっぷりとした展開が必要だったはずです。さらなる加筆補筆がなされるべきだったのではないか、と思ってしまいます。尻切れトンボ状態で終わっている、という思いがぬぐいきれません。
 結末がそれに先行する物語とは違う性急な調子で書かれていることを確かめるためにも、まずはカムパネルラとジョバンニの友情にまつわる場面を少し具体的に見てゆきましょう。

 ふたりの友情は、作品全般にわたって間歇的に反復されて描かれてゆきますが、その関係は、サスペンスのように未知の部分をはらみながら、作品を構成する重要なテーマとなってゆきます。精神上の探究を共有しつつ次第に深まる少年同士の友情は作品を貫き、その豊かな主調は読者を強く引きつけます。
 カムパネルラとジョバンニは学校の同級生ですが、カムパネルラのほうが精神的には成熟していて、示唆し暗示するようなやり方でジョバンニに多くのことを教え、彼を導こうとします。銀河のことをジョバンニに教えたのはカムパネルラですし、級友たちから仲間はずれをされるジョバンニのことをなにかと気遣うのもカムパネルラです。
 銀河鉄道の白鳥の停車場で、「白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ」と言って ― といってもただほのめかすだけで理由は言いません ― 白鳥地区の野原の美しさにジョバンニの目を開かせるのもカムパネルラです。
 カムパネルラはその後に突然銀河鉄道の車内から姿を消しますが、その失踪直前にはるか彼方の野原 ― おそらく白鳥地区の野原 ― を眺めながら、何かを「決心」したかのような態度で謎めいたことをジョバンニに語りかけます ― 「みんな集ってるねえ。あそこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのはぼくのお母さんだよ」。
 ジョバンニはその内容が理解できませんが、何かしら重大なことを口にするかのような真剣なカムパネルラの態度に圧倒されたのか、彼に「どこまでもどこまでも」ついてゆこうと心に決めます。
 実際、作者宮沢賢治は、人から投げかけられた友情には応えなくていけないという信念の持ち主でしたし、それが芸術作品を生む力にもなると考えていました。
 カムパネルラが溺れかけた友人を救うものの、自らは川で水死する最後の場面にしても、親友との別離の現場を前にして、ジョバンニは悲しみにかきくれてただその場に立ちつくすわけではありません。ジョバンニは、意外にも、自己犠牲を遂げたカンパネルラがそのままただちに転生して、銀河のほとりでまだ生き続けていると思います。そして、川ではなく、親友が転生しているはずの銀河のほうを見上げます。カンパネルラの死ではなく、天の川にのぼって受けた新たな生のほうを思い浮かべます ー「ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいなゐといふやうな気がしてしかたなかったのです」。
 しかし、ジョバンニに起きたこの大きな心境の変化についての賢治による説明は書かれていません。賢治は登場人物の心理をあまり分析しない作家です。でも、死から生へ突然の転生が起きたのです、何らかの説明のような記述があってもおかしくないはずです。賢治は、カンパネルラの再生については、いずれ加筆によってなんらかのか説明を書き足そうと考えていたのではないでしょうか。
 また、作品の結末においては、ジョバンニは病気のおっかさんの滋養のために探していた牛乳を首尾よく手に入れ、牛乳を家に持って帰ります。その直後に、作品は次の文で突然終ります ― ジョバンニは「(・・・)一目散に河原を街の方へ走り出しました」。
 つまり、親友の溺死という大事件にもかかわらず、親友の転生を天の川に確かめると、現場を離れ、家にすぐに帰り、そこで母親と北方への漁のために長く不在だった父親の久しぶりのの帰宅を知り、家にとどまって小さな慰安に浸ろうとするのかと思いきや、最後の最後に、今度はジョバンニは家から不意にふたたび外へ走り出してしまう。
 こうしたいくつかの短いエピソードだけが立て続けに並べられているばかりで、急激ないくつかの場面転換を無理なくつなぎ合わす大きな脈絡のような流れが十分には感じ取ることができません。
 いったいどうして水死したばかりのカンパネルラが生き返って銀河にのぼったように見えるのでしょう。なぜ、突然、家族の団欒が再び構成されたのでしょうか。なぜ、ジョバンニはその地上のハッピーエンド風の家を飛び出して、また外に走り出たのでしょうか。
 
 賢治がもう少し長生きしていたら、このあわただしく進行する自己犠牲の場面に加筆を行い、読者を納得させるような展開を新たに執筆し、未完の最終稿を決定稿に高めようとしたのではないか ― そんな想像が脳裏をかすめます。
 浅学非才も顧みずに、八月上旬の次回ブログに、私なりの「銀河鉄道の夜」続篇 ― 創作「銀河ふたたび」 ― をアップすることをお許しください。病のために最晩年の代表作とも言われる作品に自らの思いを具体的に託すことができなかった賢治の無念のようなものが私を促し、続篇創作のペンを私に握らせようとするのです。
 私としては、次のような大筋で続篇を構想したてみます ― 最後に家から飛び出たジョバンニは、溺死後に転生して銀河にのぼったと思われるカムパネルラを追いかけて、自らも地上から離陸し、銀河へ向かう旅をふたたび試み始めはじめたのではないでしょうか。そうした想像の翼が私の中で広がりはじめます。そう、カンパネルラに「どこまでもどこまでも」ついてゆく、とジョバンニは銀河鉄道の車内で誓ったのです。
 大胆な想定ですが、私はカムパネルラと銀河において再会しようとする、ジョバンニ単独行の旅を「続篇」において思い描いてみたい。ジョバンニが死後のカムパネルラを追って銀河へふたたび舞い上がる二度目の旅を。
 そして、伏線のまま回収されることなく現行版作品の中に未完の状態で放置されている白鳥停車場周辺の野原にもっと記述を加え、さらに具体的な魅力に富むものにしてみたい。そこでは銀河で転生したカンパネムラがもうすでに率先して働いている、野原をさらに輝かそうとして、斧でもふるいながら、きっと土地の人たちとも話し合いながら・・・。
 野原にいる彼を見つけたジョバンニは、必死になって銀河を上昇し、白鳥停車場周辺でカムパネルラに追いつこうとするだろう。彼と一緒に働こうとしてとして、そして野原をさらに輝かしいものにしようとして。
 こうした独自の「続編」を構想するとき、賢治のいくつかの先行作品がヒントを提供してくれました。「薤露行」、「マリヴロンと少女」だけでなく、「銀河鉄道の夜」と類似点があるとされる三編の長編童話「ポラーノの広場」、「風の又三郎」、「グスコンブドリの伝記」などです。
 とりわけ、「グスコンブドリの伝記」における自己犠牲の描かれ方からは強い示唆を受けました。この長編童話の主人公グスコンブドリは、噴火する火山に身を投じ、自分の命を犠牲にしてその地方の気温を上昇させます。そのことによって、イーハトーブ ― 岩手をもじった理想郷 ― の人たちを冷害からまもります。そこには、カムパネルラの溺死後にはついに描かれることのなかった自己犠牲の後に展開されるはずだった後日談が書かれています。自己犠牲からは、賢治の場合、生に向かおうとする力が生まれます ―「けれどもそれから三四日立ちますと、気候はぐんぐん暖くなってきて、その秋はほぼ普通の作柄の年になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのやうになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんたちは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした」。賢治においては、自己を犠牲にしても、その結果は絶望や喪失で終わることはありません。実は人びとを生のほうへと向かわせることにつながるのです。
 ブドリの自己犠牲によって豊かな実りを迎えるようになった土地には、母親が複数人描かれています。時間を超えて、次世代を生み、育て、命を命につないでゆく根源としての「お母さん」たちが生きています。このため土地における作物の生育が代が変わっても引き続き行われてゆくことが暗示されています。
 賢治の作品で描かれる自己犠牲のテーマは、「銀河鉄道の夜」の場合のように死それ自体や、その直後に描かれる家の中での小さなハッピーエンドでもって突然切断されるように終わってしまうものではないはずです。
 現行版「銀河鉄道の夜」に未完の断片のように取り残されている輝かしい白鳥停車場の野原にしても、「グスコンブドリの伝記」における「イーハトーブ」のような豊かな場としてさらに加筆され賦活されるはずの共同体の場だったのではないでしょうか。ブドリの自己犠牲によって凶作から守られた「イーハトーブ」のように、白鳥停車場の野原も、 転生してそこに合流したカンパネルラによって、懸命に追いついたジョバンニよって、 またそこに生きる人々の活動によってさら活性化され、にぎやかにされるはずだったのではないでしょうか。
 「よだかの星」のサソリのエピソードでも明らかなように、自己犠牲を行なった者は、その後に人びとを生かすより積極的で肯定的な役割をはたします。自己犠牲を行なう者は死の状態にとどまることなく、その後スケールの大きな生への活動へと反転するように向かいます。そして、このテーマは賢治の作品でしばしば扱われています。
 なるほど、自己犠牲によって水死するカムパネルラも、その行為以前に車内で白鳥停車場地区の野原の豊かさをジョバンニに教えてはいます。またそこに、「みんな」がいて、そして「お母さん」もいることも教えてはいます。白鳥地区には絶え間なく生成や生育が行われ続けることを意味する、「お母さん」がいることをカムパネルラは生前にすでにこうして示唆してはいます。この「お母さん」は自分の母親のことではないでしょう。彼は自身の母親を「おっかさん」と呼んでいます。しかし、それはごく短い記述でしかなく、後にさらに展開されるはずの伏線でしかありません。しかし、この伏線も現行版ではその後に回収されることなく孤立したまです。この伏線はいわば萌芽のまま宙に浮いた状態で取り残されていて、着地点もわからず、それがどんな花を咲かせることになるかはわかりません。
 自家版創作「銀河ふたたび」では、カンパネルラとジョバンニは白鳥停車場のこの野原を再訪します。そして、土地の人たちと協力して野原をさらに耕します・・・。
 「みんな」や「お母さん」が集まる現行版「銀河鉄道の夜」の野原をさらに展開させる際には、「ポラーノの広場」も参照しました。主人公キューストは、小学校生の友人ファゼーロとともに農民たちが共同で運営するポラーノ広場を探しに出かけます。見つけるにはみつけましたが、その広場は選挙のための酒盛りや乱闘騒ぎが起きる所でしかありません。しかし、最後に、つめくさが咲き乱れる野原の向こうに自分たちの手によって新たな広場を作ろうとキューストとファゼーロのふたりは誓い合います。このふたりは、カンパネルラとジョバンニを思わせます。
 少年キューストが口笛を吹きながら作詞作曲した楽譜「ポラーノの広場」が、同名の作品の最後に引用されていますが、その数行を引用します。

  まさしきねがひに いさかふとも
  銀河のかなたに ともにわらひ
  なべてのなやみを たきゞともしつゝ、
  はえある世界を ともにつくらん

 賢治は、昭和初期に盛り上がった農民運動や産業組合運動といった実践的な社会運動に共鳴し、実際に農民の生活と接触を深めますが、農作業の経験のない賢治は病にも冒され、現実において共同生活を組織することは断念せざるをえなくなりました。しかし、地上の現実とは異なる銀河という天空において、賢治はもうひとつの、やはり共同体のような場を ― カンパネルラと手を携えながら、白鳥停車場の野原において ― 作り上げようとしたのだと思われます。
そのすぐそばには、石炭袋と呼ばれる暗黒星雲が死の孔となって顔を覗かせ、すべてを飲み込もうと、どほんと巨大な口を大きくあけています。そうです、賢治の周囲では死がいつも辺りをうかがっています。
 なお、賢治が死んだ妹トシを悼んでひたすら北に向かう汽車の旅を続けたとき、「さびしい停車場」を通ったことも指摘しておきたい。賢治は花巻から夜行列車で旅立つが、それは当時の日本の最北端樺太までの孤独な単独行であり、それは死に魅入られたような彼岸への道行でもあった。「青森挽歌」では次のように「さびしい停車場」のことが書かれているー「あいつはこんなさびしい停車場を/たったひとりで通っていったろうか」。
 しかし、この「さびしい停車場」は、「銀河鉄道の夜」において「お母さん」を含む多くの人びとが集まる銀河の白鳥停車場に最後に変貌する。最愛の妹トシの死という絶望を乗り越えようとする賢治は、汽車の進行方向も北から南へと反転させる。自立して、生を希求する姿勢を引き受けようとする。死に抵抗しながら、死にあらがいながら、賢治は生がいとなまれる場を紡ぎだそうとする。かすかなものであれ、星々にも生が宿る。星めぐりの歌に合わせて、双子の星は一晩銀笛を吹く。「あおいめだま」や「あかいめだま」の星も光る。「すぎなの胞子」のような星もふたつ現れる・・・。

 「銀河鉄道の夜」は九章から成り、それらは第一章から順に次のように題されています。1.午后の授業、2.活版所、3.家、4.ケンタウルス祭の夜、5.天気輪の柱、6.銀河ステーション、7.北十字とプリオシン海岸、8.鳥を捕る人、9.ジョバンニの切符。
 これらの現行版の9章に、あえて想像上の10章を設け、それを「銀河ふたたび」と題して、来月上旬の次回ブログに創作としてアップいたします、失敗を恐れずに。
 そうすることによって、目立たない萌芽のままとなっている、しかし重要なテーマに育つはずだった断片に息吹きを吹き込み、また諸家の論考からも想を得つつも、新たな「銀河鉄道の夜」を独自の形にして展開させてみたい。

                                編集協力・KOINOBORI
                               

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絶品 鴨とクレソンの山椒鍋


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 コロナ禍もピークを越え、店にも客足が戻り始めた4月、中軽井沢の村民食堂に行きました。村民食堂入り口の季節限定ランチ・メニューに、目が釘付けになりました。そこには、「鴨とクレソンの山椒鍋」というメニューが大きく書かれています。鴨も、クレソンも、山椒も、いずれも私の大好物です。これを頼まないわけにはいきません。

 まずは、リボン状にそがれた春ごぼうと薄切り長ネギを、薄味のお出汁に入れ、あたためます。お鍋には ― ちょっと驚きましたが ― 山椒の実も入れます。和食の木の芽和えなどでは山椒の葉のほうが使われますが、ここでは実のほうを、それもかなり沢山入れます。すると、香り豊かで、かすかなしびれ感のある実山椒の小さな粒々が、次第にそのパンチ力を発揮し始め、それまで薄味だったお出汁が突然パワー十分な逸品に変貌するではありませんか。
 バランス良く味が出た頃を見計らって、鍋に薄くスライスされた鴨肉をさっとくぐらせます。鴨は、若いからなのか、とてもやわらかく、美味しい。しゃぶしゃぶで頂くといくらでもおなかに入りそう。
 新鮮で青々としたクレソンがたっぷり添えられていて、素材の季節感も満喫。東京では味わえないシャキシャキ感です。
 〆には、鴨の味が出たお出汁に手打ちそば ー もちろん信州蕎麦 ― をつけます。これもあたためるくらいで十分です。つるつるっと、これもノンストップ。つけ蕎麦にも箸が止まりません。 
 味わえるのは、地産地消の愉しみだけではありません。土地から得た食材に秘められていた味が引き出され、それらは巧みに混ぜ合わされ、新たな旨みが生まれます。実山椒を使って素晴らしい鴨しゃぶを作り出した豊かな想像力に、乾杯!です。鍋から思わぬ味が生まれ出ることに、一驚しました。このような新しい「作品」を創出した村民食堂のシェフの腕前に、脱帽!です。

 この味は、誰かに吹聴したくなるような代物です。
 きっと、舌の肥えたフランス人でも、この鴨しゃぶには舌鼓を打つことでしょう。そうだ、友人ジャン=ルイを今度この村民食堂に連れてこよう。ジャン=ルイは、以前我が家で木の芽和えを食べさせたとき、妻が最後に葉山椒の葉を手のひらで勢いよく、パンパンと叩いて、眠っていた山椒の香りを引き立ててから、その葉を木の芽和えに添えましたが、ジャン=ルイはその香りが器から食卓まで広がることに目を丸くして驚いたことがあったからです。
 でも、ジャン=ルイにどうやって鴨しゃぶの山椒とか牛蒡をフランス語で説明しようか?
 牛蒡は、確かbardaneだ。でも、ここではあえて「bardaneの根っこ(racine)」と丁寧に説明しよう。フランス人は、bardaane と聞くと、根っこの部分ではなく、その花のほうを思い浮かべるはずだからだ。それに、フランス人は、bardane の根っこの部分は食べない。
 では、実山椒はなんと言おう? ネットで調べると、poivre du Sichan (四川の胡椒)とある。そうか、フランスでは、山椒は知られていない植物なので、仕方なく、「中国四川料理によく使われる胡椒」と説明的に百科事典のように表現されている。確かに、四川料理には山椒 ― 胡椒ではなく ― が多く使われる。 「山椒」に一対一で対応する訳語がフランス語には存在しないから、こうして長く、ややアバウトに説明するしかないのか・・・。
 こんな未知の山椒の小さな粒でも、実はこうして驚くような旨みを作り上げるんだ、どうだい?、とつけ加えて、鴨しゃぶを囲む仏人ジャン=ルイの反応を見てみよう。鴨しゃぶの美味しさに、腰を抜かして驚くかもしれない。山椒の葉の香りにだけでなく、今度は実山椒が秘めるパンチ力にただ無言で圧倒されることになるかもしれない。
 でも、フランスは、食の国でもある。料理に彩りや、風味を添えるハーブ類なら無数に栽培されているし、スープ鍋にはブーケ・ガルニ(パセリ、月桂樹、タイムなどの香草の束)を放り込んで煮込み、香りを添え味を引き立たせよう(relever)とする。このまま黙ったまま、無反応でいることはないないだろう。フランスは、葉山椒や実山椒にやがて貪欲な好奇心を抱き、旺盛な吸収力を発揮して、この不思議な効果をもたらすサンショなるものの正体を暴こうと調査を始めるのではないだろうか。いつかフランスの料理本に、SANSHO という項目が立てられ、その葉と実の有するパンチ力が詳しく、見事に論理的に、流れるように記述されていることを発見する日が来るような気がする。SANSHOという項目が読めるフランスの料理本を読んで、その綿密な取材力と見事な記述に驚愕しのけぞってしまうのが、今度はジャン=ルイではなく私の番になることだってありえない話ではない・・・。
 それにしても、恐るべし、山椒のパンチ力。
 山椒は小粒でもぴりりと・・・。

                 編集協力: KOINOBORI8


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私の好きな俳句 加藤楸邨と芭蕉

 私は加藤楸邨の俳句に惹かれる。表現される世界は多様で多彩で、俳句特有の俳味に溢れる句も少なくない。

    くすぐつたいぞ円空仏に子猫の手     「吹越」

 円空が彫った精神性に富む仏に、子猫の手がじゃれている。親しみを含んだ笑いが広がるが、謹厳な仏が、「くすぐったいぞ」と実際に子猫に向かって口にしているようで、まるで加藤楸邨が仏になり代わったかのようだ。「すべての物の中にひそんでゐ声は、こちらが聞きとめる心の耳を持ちさえすれば、かならずきこえてくるはずのものである」と楸邨は書いている。
   
    梨食ふと目鼻片づけこの乙女        同前 

 梨に少女が無中になってかぶりついていて、その大きく開けた口だけが眼に止まる。目や鼻などはどこかに片付けられてしまっている。「この」乙女と書かれているので、乙女が目の前にいるようで、彼女への親しみがさらに湧いてくる。
 いわゆる花鳥諷詠の句や、こじんまりとした、またこまやかな日本的情緒の作品はあまり多くない。むしろより鳥瞰的で、よりダイナミックな視点から句が構成されることが多い。例えば、この二句。

    息白く寝し子ペガサス軒を駆け    「山脈」
    放電に似て少年語朝虹に       「まぼろしの鹿」

 ペガサスは、ギリシャ神話では天馬とも表記され、天にも昇り、雷鳴と雷光を運ぶ役割を担う。こうして二句を並べてみると、寝ている間に、ペガサスから雷鳴を聞き取リ、雷光を眼に留めた少年が、翌朝不思議なペガサスの言葉を口にし、虹を空にかけている、といった光景が目に浮かぶ。大きな時空が編まれ、想像が自由に大胆に駆け巡る。
 といっても、私がとりわけ強い印象を受けたのは、次のような句のほうだ。

    隠岐やいま木の芽をかこむ怒涛かな   「雪後の天」

 前書に「後鳥羽院御火葬塚 三十三句」とあり、掲出句はその末尾の句。隠岐島の御火葬塚をかこむ木々の芽吹きに目をみはり、そこに押し寄せる怒涛に楸邨は自らの思いを託している。隠岐を訪れるときの楸邨の心の昂りが感じられる。
 後鳥羽上皇鎌倉幕府によって島流しにされ、悲運の生涯を隠岐で閉じるが、楸邨は優れた歌人としての上皇に会おうと思い立ち、東京から旅をする。芭蕉の「後鳥羽院の書かせ給ひしもの」「この御ことばを力として、その細き一筋をうしなうことなかれ」(「野ざらし紀行」)という文を読んだ楸邨は、その文に突き動かされ、隠岐への旅を決意する。楸邨は大病を乗り越え、俳誌「寒雷」を創刊したばかりだった。旅行鞄には、芭蕉野ざらし紀行」と後鳥羽院撰定「新古今集」の二冊が入れられた。列車事故による不通のため予定は大幅に遅れる。境港に着くものの、海は荒れ、隠岐島への連絡船は欠航。翌日になって荒波にもまれながら船はようやく島に向かう。
 これはただの客観写生ではない。木の芽は、後鳥羽上皇の優れた歌群を表しているように私には読める。そこに隠岐に向かう楸邨の熱情が怒涛となって打ち寄せている。楸邨は、後鳥羽上皇と出逢おうとしている。上皇と邂逅することによって自らの文業を高め、また確たるものにしようとしている。
 また、楸邨は、俳句改革を試み、虚子の「ホトギス」から脱皮する機会を模索するようになる。その頃、同じ意欲に燃えていた水原秋桜子と出逢うが、次の句はそうした場面を彷彿させる。

    はしりきて二つの畦火相搏てる     「寒雷」

 前後する句を読むと、句の背景には田園風景が広がり、夕暮れ時の畦火(あぜび)はその赤みを増してゆく。この畦火には、人間の深い心情が潜んでいる。自己の内面だけでなく、他者の生き様も描かれ、他者と自己との出逢いが劇的とも言える激しさで演じられている。
主宰する「寒雷」創刊号(昭和15年)の巻頭言で、楸邨は高揚した調子で書いているー「現今の如き時代の雑誌は、かういふ時代にふさわしく、新しい人間の力を呼び起すやうなものでなくてはならぬと信ずる」。
 確かに、人間探究派とも呼ばれた楸邨は、人事をよく詠んだ。しかし、また同時に自然詠の傑作も数多く残している。

    秋蝉のこゑ澄み透り幾山河       「寒雷」

 芭蕉の「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」を踏まえて作られた句だろう。高館で作られた作品だが、ここは義経終焉の地であり、中学時代の加藤愀邨はここを何度も訪れている。
 蝉の声を聞き止めた山河は、蝉に呼応するようして生動し、声を豊かに増幅させてゆく。山河が蝉の声を反響させる、幾重にも。微細なものを受け止めた山河は、自らの生の時空間を呼び覚ましてゆく。

 愀邨の「隠岐はいま木の芽をかこむ怒涛かな」の句は、芭蕉佐渡島を詠んだ句を連想させる。

    荒海や佐渡に横たふ天の河       「奥の細道

 佐渡島に渡る舟が出る出雲崎に数日止まり、佐渡島に流刑された順徳天皇 ― 父親後鳥羽上皇と同じく優れた歌人 ― に共感をおぼえた芭蕉は、悲しみに暮れている。「奥の細道」で訪れたそれぞれの土地で、芭蕉はその地ゆかりの西行や能因や実方などの歌人たちをしのび、追慕している。佐渡にもっとも近く、島への舟が出る出雲崎の港でも順德天皇という悲運の歌人に思いをはせている。安寿と逗子王の母親のことを思ったかもしれない。「銀河の序」で遠島を言い渡された人に思いを巡らせるが、そればかりか芭蕉俳諧でも流人たちの生活をしばしば詠んでいる。
 しかし、佐渡出雲崎の間には、天の河がかかる。実際は、天の河は島に横たわるようには見えないようだ。しかし、事実に反してでも現実を昇華させ、芭蕉は天の河を島と出雲崎の間の空にかけた。情景は静止的ではなく、写生を超えた動的な心象風景が形成される。そうすることで、芭蕉は天空にはるかなものにつながる道を作り、島にまで届く橋をかけようとしたのではないか。天の河でもってつながる佐渡出雲崎は、かすかな光を投げかけあおうとする・・・・。
 楸邨も芭蕉も、モノローグにふけっているのはない。旅情を風景に託しただけでもない。自己完結した一元的な世界に自閉するのではなく、他者に働きかけている。ふたりの俳人はともに流刑地としての小さな島に情愛を込めて呼びかけ語りかけている。そればかりか、島から応答を引き出そうとして、耳を澄ましている。
 現在という瞬間にとどまってもいない。いずれの俳人も流刑に処せられた後鳥羽上皇や息子の順德天皇という遠い過去にまで浸透し、幾重にも重層する時間を揺り動かそうとしている。


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プルーストの文はなぜ長いのか

    『失われた時を求めて』の文体は長い。平均的な文の長さの二倍にもなることもしばしばだ。冒頭のまどろみや、それに続く小さな田舎町コンブレの描写においても、使われる表現はむしろ平明なまま静かにゆったりと文章が繰り広げられてゆく。難解な語彙や美辞麗句が連なるのでもなく、また知性による分析が続くだけでもない。
    しかし、読み進むにつれ、われわれ読者はこの長い文章が、作者プルーストの精神の息遣いのようなもので構成されていて、それが間隔をおきつつも反復されてゆくことに気づくようになる。小説の主要テーマが文章の中にすでに表現されるのだ。文はそれだけで作品のヴィジョンを語っている、とプルーストは最終篇『見出された時』で述べている ― 文体はテクニックでも、レトリックでもない、ヴィジョンの問題だ、と。
    長い文章を以下に引用して、文体というミクロでの動きが、マクロのレベルでのヴィジョンをどのように先取りし予告しているかを具体的に追ってみよう。まず、コンブレの中心であるサン=タンドレ=デ=シャン教会の鐘塔を好んで眺める祖母 ― 母親の分身 ― の描写から読んでみよう。祖母はこの教会を好み、その鐘塔を見つめるが、この場面も長い文で描かれる。(文体分析を容易にするために、引用文中に//記号をひとつ挿入させていただく)


「お前たちはたんと笑うがいいいよ。あの鐘塔は美の規則にははまっていないかもしれないけれど、でもあの奇妙な古い形が私には気に入っているの。もしあの鐘塔にピアノが弾けたら、けっしてガサガサした音は出さないでしょうよ」。祖母は塔を眺め,合掌して祈る手のように上に行くしたがって狭まる石塔の穏やかで緊迫し熱っぽい勾配を目で追うのだったが、尖塔の溢れんばかりの気持ちと完全に一体になろうとして、祖母の視線は尖塔といっしょに飛び立つようになった。同時に、祖母は摩滅した古い鐘塔の石に親しげに微笑みかけるのだった。// そのとき、石の天辺は傾いた太陽に照らされるだけだったが、石が陽の当たる部分に入ると、とたんに光に和らげられて、まるで1オクターヴ高い所で、「裏声で」引き継がれる歌のようになり、石は一気にはるかに高く遠い所にまで駆け上がるように見えた。


    8行目の//印までの前半では、祖母が主語となり、ピアノでの演奏を鐘塔に促すかのように鐘塔に呼びかける。また、鐘塔に微笑みかけるだけでなく、鐘塔の気持ちと一体となってしまう。//印以降の後半では、そうした祖母からの熱い呼びかけに応えて、今度は鐘塔のほうが主語になり、歌を裏声で歌い返す。鐘塔を凝視し、高みへと飛び立つように上る祖母の視線を追い、鐘塔のほうも一気にはるかな高みにまで駆け上がろうとする。
    ここで起きていることは、異質なもの同士のたんなる取り合わせといった安易な表現でまとめることはできない。祖母の周囲で繰り広げられるピアノ演奏といった俗世間におけるいとなみは、教会という聖なるものに呼びかけ、俗なるものが含む生の面を聖なる空間に新たにもたらし、そこに秘められている新たな積極的な側面 ― ピアノ演奏や歌唱 ― を引き出そうとする。が、それだけには止まらない。文の後半では聖なるものが、今度は反対に祖母の周囲でいとなまれる俗なるものの活動に新たな精神的なるものを付与しようとする。
    鐘塔はたんなる描写の常識的な枠組みのなかに自閉する、静止した対象には止まらなくなる。祖母と鐘塔は異質なもの同士であり、両者の間に交流が交わされるはずはないのだが、長い文中においては、祖母からの働きかけから始まる協働の動きに入り始める。「尖塔の気持ちと完全に一体」になるほど鐘塔に近づき呼びかけてくる祖母に呼応して、鐘塔のほうも反応を示し、「裏声で」歌い出し、両者は向かい合って接近するだけでなく、互いが互いを高め合ってゆく。鐘塔という物質に宿っていた生命が賦活され、石は生動し、その精神上の生命が祖母に新たなものを付与しようとしている。次元の異なる俗と聖、生と石という物質、現在と過去の間に厳然として従来引かれていた境界線がその双方から越境され、内と外とを隔て、それぞれ固有の領域を画してきた区画とか輪郭線が消えてゆく。われわれ読者は、確かな現実描写を読みつつも、次第に自由で勁い想像力の展開に巻き込まれてゆく。個々の不動の事物や人間を、さらに大きく俯瞰的に包摂してしまう動的な多視点を習得し獲得する。俗なる生活のピアノ演奏と鐘塔の聖なる裏声は互いに呼び掛け合い、双方からの働きかけによって相乗される新しい響きが増幅され、広く大きな時空間が共感とともに醸成されようとする。   
    長い文をもうひとつ引用したい。この文も、前文と基本において同様の構文になっている。唐突で謎めいた出会いがその都度起きるシュールレアリスムの文とは異なり、同様のものが変奏されつつ反復されて文脈が形成されてゆく。その文脈を辿ってゆくうちに、われわれ読者は、文中に隠されていたものを次第に発掘し、顕在化するようになる。

  
潜在的な形でサン=アンドレ=デ=シャンのゴシック様式 彫刻の中に予告されたものとして私が認めることのできたコンブレの人物は、カミュの店の若い店員テオドールだった。(・・・)ところで、はなはだよからぬ男として通っていたこのテオドールは、一方で教会を飾る彫刻にこめられた精神に満ちていて、(・・・)「かわいそうな病人たち」や「わたしたちのかわいそうなご主人さま」に当然ささげられるべきものとして考えられているあの尊敬の念に溢れていたので、叔母の頭を支えてその下に枕をあてがう時は、浅浮き彫りで刻まれた小天使たち、弱ってゆく聖母のまわりにロウソクを片手に大急ぎで集まってくる小天使たちの素朴で熱心な顔付きになったが、// すると石に刻まれた灰色がかったむき出しの顔が、冬の木立と同様にただひたすら眠りながら力を蓄え、やがてふたたびテオドールの顔のように崇高で抜け目のない無数の民衆の顔となり、熟れたリンゴの赤みで輝く顔となって人生に花咲こうとするのだった。



    前半で、小天使に似る、しかし素行が悪い、きわめて俗なる人物テオドールが叔母の看病に熱心に取り組むと、テオドールは「小天使たちの素朴で熱心な顔付きになった」が、それに応じるようにして、//記号以降の後半では、反対に教会の石に刻まれた小天使たちの顔が、テオドールの顔に似た「民衆の顔、熟れたリンゴの赤み」で輝き始め、生動し、「人生に花咲こう」とする。引用した前文と同様、俗なるテオドールが聖なるものに境界を越境して近づき、新しい聖なる精神性を体現するようになるが、その働きかけに応じて、引用文後半では聖なる小天使たちが、俗なる世界の生命を得て、いつのまにか俗世界に打って出ようとする。
    食料品店員テオドールは、聖歌隊員で教会の地下の案内係でもあり、教会の維持にも一役買っている。こうした「二重の職業」のおかげで彼は、「普遍的な知識」の持ち主とされてもいるし、またのちに主人公マルセルがフィガロ紙に記事を書いたときでも、「魅力的な言葉遣い」で祝福の手紙をマルセルに送っている。この時、テオドールには、ソートンという名前が付けられていて、素行の怪しげな店員は脱皮し、いつのまにか成長し、執筆活動を理解する人物に変貌している。
    俗と聖がただ静態的に隣接しているだけではない。両者は互いに他方からの呼びかけを聞き止め、それに積極的に応え、新たな刺激を得て、自らも変貌するし、また他方を変貌させようともする。この文中においても新たな創造性、可塑性といったものが、両者が強く相互に関与することによって生じようとしている。個々のものは、独自の固有のものに止まることなく、より多彩で多義的な可能性をもう一方にももたらそうとしている。それぞれのものだけでは得られなかった相乗効果が生み出されようとしている。
    プルーストの場合、この俗と聖の相互関与は、実は作者自身の一時の思いつきや幻想によるものではない。引用した前文における教会にも当てはめられることだが、フランス語の「教会」église の語源は「集会」であり、また「呼びかけ」でもあり、教会は本来自閉し閉塞する閉域ではなく、外部の俗なるものをも招き入れる開かれた場所でもあるのだ。最終巻には次のような文が書かれている ― 「芸術は、かつて実在したものがわれわれに知られずに横たわっている深みへとわれわれを回帰させるだろう。おそらく真の生命を再創造し、印象を甦らせることは大きな誘惑だ」。
プルーストの長い文は、協働性から生じる創造性を表現してゆくが、その一方でコンブレの教会に関心を示そうとしない人物も登場する。ゲルマント公爵家といえば、コンブレの教会内に私的礼拝室を構える由緒ある貴族だが、実はゲルマント公爵夫人はこのコンブレの教会を軽視している。『失われた時を求めて』における主要な主題は、その流れに逆行するような挿話を所々に挟みつつ断続的に展開されてゆく。  
    また、創意が交わされる深い対話性は間欠的に反復されてゆくが、その流れに逆行するようにして、長いモノローグもその合間に挟まれる。ソルボンヌ大学教授のブリショがふるう長広舌はその一例で、地名の語源に関する衒学的な知識を長々と披露して、主人公の地名にまつわる夢想を打ち破る。元大使のノルポワも意見を明確なものにすることを避ける紋切り型のレトリックを重ね、その長広舌でもって相手を煙に巻く。

    プルーストの長い文がそれだけですでに長編小説のヴィジョンを予告することは、次の最後の引用文によっても例示することができる。第二篇『花咲く乙女たちのかげに』で主人公は画家エルスチールのアトリエで代表作の海洋画『カルクチュイの港』を見て、その絵に魅入られる。

(その絵を)私はゆっくりと眺めたが、その中でエルスチールは、小さな町を表すにのに海の用語しか用いず、また海には町の用語しか用いていなかったが、そうすることで絵を見る者の精神を今述べたたぐいの隠喩に慣らしていった

エルスチールが自分のまわりに置いている海の絵の中でもっともひんぱんに用いられる隠喩は、まさに海と陸とを比較して両者の輪郭をことごとく取り払ってしまうものだった。同じ画布の中で黙々と飽くことなく繰り返されるそうした比較、それこそがそこに多様な形を取りながらも強力な統一を導入するもので、それが何人かの愛好家たちにエルスチールの絵が引き起こす熱狂の原因だった。


    海洋画を見て、主人公は嬉しくなり、喜びを覚えるが、文中において海と陸が二重写しになり、協働し合うようにしてその両者から新たなものが生まれようとするプロセスは、祖母と教会の鐘塔が向かい合い、祖母のピアノ演奏と鐘塔の歌声から、個々の音からだけでは得られなかった音楽の新たな恊働が生じるプロセスの変奏とみなすこともできるだろう。
    こうして、エルスチールの海辺の避暑地バルベックにあるアトリエで主人公マルセルは思う ー ここは「新しい創世の実験室」だ、と。いずれは自分も「形態の歓びに溢れる詩的認識」に到達することができるはずだ、と。マルセルは見てとる、「どの絵の魅力も描かれた事物の一種の変貌にある」こと、また「その変貌は詩で隠喩と呼ばれるそれに似通っていて、父なる神が物に命名することで物を創造したのだとすれば、エルスチールのほうは物から名前を奪い取るか、あるいは物に別の名前を与えることで物を再創造する」ことを。
    コンブレの教会が、祖母やテオドールと新たな創造的な対話性を結んだように、エルスチールの場合も隣接し相互依存するような海と陸は、ダイナミックで豊かな関連を緊密に結び直している。まったくの無からの、個人による一時の独創ではない。固有であること、固定であることにこだわらない、複眼的で流動的な視点が豊かに組み合わされてゆく。
    2度目のバルベック滞在の際、マルセルと恋人アルベルチーヌはこうして習得した、現実の単なるコピーには終わらない、隠されていた側面を掘り起こし賦活するようなエルスチールの物の見方を実際に風景や教会に当てはめて見ようとする。しかし、ゲルマント公爵夫妻のほうは、エルスチールの絵画を購入するものの、絵の魅力が理解できない。
    なお、画家エルスチールと同様、マルセルを芸術創作へと促し導くヴァントゥイユの7重奏曲も、その基本はピアノとヴァイオリンの間で交わされる問いと応えから展開されるものであり、それはエルスチール絵画の延長において、その変奏として把握されるものなのだ。
    上記で引用した長い文では、ふたつの異なった主語が空間上において隣接するだけでなく、積極的に関与し合い支え会うようにして新たな物を構築しようとするが、この展開はさらに時間軸においてもまた確かめることができる。小説冒頭の就寝劇において母親はジョルジュ・サンド『捨て子フランソワ』をまだ幼い主人公に創意に飛む口調で読み聞かせ、少年に初めて小説の愉しみを教える。『失われた時』巻末で、小説執筆を決意するマルセルはゲルマント大公夫人邸の図書室でこの小説を見つけて、母親がかつてその小説を朗読してくれた時の声を思い出す。小説冒頭と巻末のこのエピソードは、創作の最初期においては実は切り離されることなく、連続して執筆されていた。音楽用語でもって記述されるコンブレでの母親による朗読の声を無意識的記憶によって思い出すマルセルは、成熟し、すでに小説を執筆しようとしている。甦ってきた母親の朗読の声によって呼びかけられるマルセルは、自ら習得し獲得した作家としての声によって、かつての母親の声に応じてようとする。母親とマルセルのふたつの創意に富む声が、長い沈黙と忘却を隔ててここにおいて、予告と回想という合わせ鏡のように向かい合い、呼応し合い、高め合おうとする。物事を消し去る残酷なまでの時間は、「超時間」(『見出された時』)となって再構成されようとしている。プルースト特有の長い文によって、空間におけるだけでなく時間においても、その創造へと向かう根源的な対話性、心理という表面に止まらない深い対話性が構成される。
    プルーストの長い文は、長編小説の中心的主題を劇中劇のように演出する。『失われた時』では、「私」は実はあまり独白をしないし、ドラマの筋立ても時系列に沿って繰り広げられないことがある、登場人物の性格が一定せず、人物の名前も途中で変わることがある。しかし、いわゆる近代小説の小説観に基づく先入主にとらわれずに、長い文やそれを支える複眼的思考の動きに慣れてゆけば、そうした諸点における違和感は少しずつ解消されてゆくだろう。
    また、この長い文に慣れてゆけば、翻訳において「・・・である」といった断定的で理知的合理的な語尾の頻出は、この小説にはふさわしいものではないことも理解されるだろう。『失われた時」には、母親と祖母が愛読したセヴィニェ夫人の往復書簡集も含めて50通もの手紙が登場するし、プルースト自身リセ・コンドルセ時代には学友たちと恋愛書簡体小説を試みたことがあったが、しなやかでどこか親しみのこもる、しかも腰のあるような長い文の翻訳文の基調は、意外にも往復書簡の文体の中に見つかるもしれない。

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