(2/2) 「銀河鉄道の夜」続篇創作 「(十、)銀河ふたたび」


 カムパネルラはきっと銀河のほとりで生きているのです。カムパネルラはいつもそうして少し遠くから振り返るようにしてジョバンニを導いてきたし、何かとジョバンニのことを気遣ってくれたのです。カムパネルラの友情に報いなくてはなりません。
 ジョバンニはもう何も云うことができず、家を飛び出し、町のほうへ走りました。そこに立っていた天気輪の柱めがけてです。この前は、その柱を上って銀河鉄道に乗りこんだからです。でも、今度は陽はすでに沈んでいて、太陽柱は現れません。いくら待っても待っても、銀河鉄道の汽車はやってきません。
 しびれを切らしたジョバンニは、今度はみんなが海岸と呼ぶ川の河岸のほうに向かって走り出しました。
 家で病気のために寝ているおっかさんには牛乳を届けることができたし、漁師のおとっつあんも北方へ漁に出て長く留守したあと、ようやく家に帰ってくるはずだ。でも今は家のことよりも、銀河のほとりに上ったカムパネルラのことのほうが気になって仕方ありません。彼に追いつこう、会いに行こう。 
 川の「海岸」は命を育む場所で、そこには多くの生物が生きているはずです。泥岩層に見つかるクルミの実には、まだ生きているものもあるはずです。夏休みにはジョバンニはカムパネルラや友人たちと川で泳ぎ、クルミの殻を拾いました。その殻の中には生が無尽蔵に蓄えられていて、握りしめると、その力に鼓動とも息遣いともつかないものが応えました。さらに握りしめると、ざわめきが手のひらをくすぐります。
 夏のこの時期、天の川が川の川面にその姿を映し出します。天の川は川と重なり一体となっていました。しかし、いきなりどうと風が吹き上がり、川の流れを上流のほうへ青白く逆立て、波立たせてゆきました。栗の木でしょうか、ブナの木でしょうか、あたりは急にざわざわと鳴り、揺らぎはじめました。
 不意に、川面に映っていた天の川が、川面から身をふりほどき、身をもたげ、立ち上がりました。天の川は、突然上空へとまっすぐ舞い上がりました。
 川面には、ホタルの群れが乱舞していたので、ジョバンニは錯覚して、舞い上がるホタルの群れの光を川面の天の川と見間違えたのかもしれません。でも、確かに、川面に映り込み静かだった天の川は、一気に水流となり、上空へ駆け上ります。
 さらに、不思議なことが起きました。
 この海岸には無数のわたり鳥が飛来します。突然、一羽のコハクチョウが川岸のクルミをくわえたまま、川面から勢いよく舞い上がり、上空へと吸い上げられました。ジョバンニには、そのコハクチョウが、カムパネルラの魂をくわえて舞い上がったように見えました。言い伝えに、白い鳥は人の魂をくわえて飛び上がるという話があることをジョバンニは知ってはいましたが・・・。
 確かに、天の川が川から身をふりほどき、立ち上がり、それが周囲に浮力を与え、それにつられるようにして、一羽の鳥が一気に上空へと舞い上がったのです。
 その動きは、もう逆らうことのできないものとなり、あたりは巻き上がる竜巻のようなすごい勢いになり、ついにはジョバンニ自身もまた旋回する風に巻き込まれます。 
 空に向かって一気に吸い上げられ、ジョバンニの全身は強く揺すられます。自分は不意に鳥になって空を飛んでいる、青黒く透き通った冷たい光に自分は包まれている、とジョバンニは感じます。
 さらに上空にまで上昇したのでしょうか、遠くに星くずが集まっていて、それが山の雪嶺のように輝きます。いつのまにか星雲に囲まれます。星が近づいてきては、キインキインと聞いたこともない音をたてながら斜めにかすめます。天の川を渡る舟の櫂のしずくなのか、光が束となって降ってきて、ジョバンニは光のシャワーでもって全身が洗われます。流星群の中にも入りますが、東に西に、北に南にと向きを変えて衝突を避けます。もう、上下だとか、方位だとか、距離だとか、遠近といった尺度などは役に立ちません。ただ天空の中を漂うように進みます。地図とか羅針盤のない世界です。上昇しているということだけが感じられます。
 深い淋しさにとらわれます。銀河のどこかにカムパネルラがいるはずだ、いや、いてほしいという願いがジョバンニを励まし、駆り立てます。いつもは表側しか見せない月が、その裏側までさらしています。その下のほうで、稲妻がツンツンと点滅しています。

 でもいったい、コハクチョウとなって舞上げられた自分は、天空のどこに行けばよいのだろう。
 そうだ、銀河鉄道が白鳥停車場で一時停車した時にカムパネルラと連れだって行ったプリオシン海岸に向かって飛んでゆこう、とジョバンニは思いました。
 あの時、プリオシン海岸では大学士と三人の助手たちが、百二十万年も生き続けるクルミを集めていました。あの時、どことなくユーモラスな大学士は、化石という言葉など一度も使わずに、自分たちが取りかかっていた収集作業をまるで植物採集のように説明してくれました。
 カムパネルラだってクルミのように時間を超えて生き続け、プリオシン海岸のどこかで生きているはずだ、誰かによって拾われるのを待っているはずだ。それに海岸ではクルミだけでなく、動物の骨や足跡だって見つけられている。死にあらがい、生を保ち続けているカムパネルラを見出す手がかりだって海岸のどこかにころがっているははずだ。
 ジョバンニはカムパネルラの生の痕跡を見つけ出そうとします。学校の先生だって教室で云っていた、「私どもも天の川の水のなかに棲んでいます」と。そうなんだ、おぼれかけた同級生ザネリを救い出そうとして自らは犠牲となったカムパネルラは、何かの姿になって生まれ変わり、銀河のどこかにいて、そこから光を送ってくる。

 風音に混じって、どこかで聞いた声が近づいてきます。
 
  いまこそわたれわたり鳥
  いまこそわたれわたり鳥

 銀河鉄道に乗って旅をしていた時も、天の川のほとりで赤帽の信号手が青い旗を振りながら、幾組ものわたり鳥に叫んでいました。
 信号手は、天の川流域に飛来するわたり鳥にエサがうまく行き渡るように、あれこれ工夫をこらしていました。わたり鳥たちの交通整理をする信号手という人が流域にいても不思議ではないのです。なにしろ秋から冬にかけて、流域にはオオハクチョウが二百羽も、コハクチョウが百二十羽も飛来してきます。
 赤帽信号手は、川筋に打ち込まれた杭の列に明かりを灯しながら、渡り鳥たちに指示を与えています。この声は自分を導いてくれる声だ、とジョバンニは思いました。そして、みおつくしのような杭の列をたどり、自分たちコハクチョウのために割り当てられた星入り水場に着水することができました。そこには自然に仲間たちも集まってきます。

 銀河を飛び続けると、苹果や野茨の匂が追いかけてくるように漂ってきます。車窓の両側に広がる農地を上から見渡していると、銀河鉄道で乗り合わした鳥捕りが、河原で働いているのが目に止まりました。商店を構え、捕まえた鳥を保存食にして、通りかかる町の人たちに鳥を売っています。
 「寄ってらっしゃい! 栄養満点だよ!」
 自分の商店の屋号を染め抜いた法被を羽織っていました。鳥捕りの大将が鳥を捕まえていたのは、奇妙な暇つぶしなどではなかったのです。銀河鉄道に乗りこんできたときは、どこか不思議な人だと思い込み、鳥捕りの饒舌を半信半疑で聞いたことを思い出し、ジョバンニはその時の自分の思い込みを悔やみました。土地の気のいい働き者の鳥捕り大将が銀河鉄道の車内で乗客たちに勧めていた食べ物は、お菓子などではなく、実は地方の重要なタンパク源だったのです。
 それに鳥捕りは車内でジョバンニの切符を見ながら、「切符」と云わずに、もっと有効区域の広い「通行券」と云ってくれました。ジョバンニの銀河への今回の二度目の旅が自由に飛び回る旅になることを密かに予告し、また励ましてくれてもいたのです。
 「おや、こいつは大したもんですぜ。どこでも勝手に行ける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、いろんな所まで行けます。こんな銀河鉄道なんか使うよりも、もっとどこまででも行ける筈でさあ。大したもんです」。鳥捕りの大将は、鉄道切符が、実はどこにでも行けることを保証する通行手形であることを請けあってくれたのです。

  あかいめだまの さそり
  ひろげた鷲の つばさ
  あをいめだまの 子いぬ

 星めぐりの歌が聞こえてきました。風に運ばれてきて、切れ切れになっていました。ジョバンニはその透明な声の歌をたがいにつなぎ合わせようとします。ふた子の星が向かい合い、銀笛を吹き交わしています。そのうちに、ひとつの星が、虹を飛ばして遊ぼう、ともひとつの星にもちかけます。いつしかジョバンニも遊びの輪に加わります。
 星は物質の塊りですが、歌を作ってはそれを歌うし、他のいろんな物とも交信を交わします。生きているとは見えない物の奥にも、歌が、そして命が潜んでいる。それに、銀河鉄道蒸気機関車だって、「新世界交響曲」をあたりに奏でていました。
 ジョバンニは楽しくなって、歌を聞くだけでなく、それを身体でもって表現しようとします。まわりの動きに合わせた動きが、身体の奥から自然に湧いてきます。
 銀笛の音を聞くうちに、ジョバンニは思い出しました。たしか銀河鉄道の車中でもカムパネルラがこれと同じ曲を口笛で歌ってくれた。アルバイトのために銀河祭りに参加することができなかったジョバンニのために、カムパネルラは楽しい音楽を口笛で吹いてくれた。今もこうして、その口笛の音を聞かせるだけだけど、カンパネルラは僕の目の前に現れようとする。

 「おほぉっ、おほぉっ」、奇妙な声が応えます。奇妙な、でも、生き物の自然に発せられる声です。声変わりの時の 声の変調ではありません。そうでした、ジョバンニはコハクチョウニに変身しているのです。
 でも、とたんにジョバンニはカムパネルラに会えない淋しさに胸を締めつけられます。星めぐりの歌の調子が快活なものだっただけに、またふたたび襲ってきた悲しみは強烈なもので、ジョバンニの心は強く締めつけられます。
 水死したカンパネルラの姿が目に焼きついて離れず、深い悲しみにとらわれます。でも、ジョバンニは気持ちを強くもって銀河上空を飛び続けます。
 なんといっても、鳥捕りの大将が、銀河鉄道の切符が実はどこにでも飛んで行ける通行手形であることを請けあってくれたのです。この通行券をくわえたまま飛び続ければ、銀河のほとりで生きているカムパネルラを見つけ出せるはずだ。ジョバンニは羽根を懸命に羽ばたかせます。自分には周囲を大きく鳥瞰できる目がそなわっているのだ。
 大きく旋回して、ふたご座の所に来ました。ふたご座は船の航行を守ってくれる、船が嵐に遭うと、嵐をしずめる火を送ってくれる、とカムパネルラは、以前彼の家に遊びに行った時に教えてくれました。
 そのとき、彼は家の奥から一枚の絵の複製を取り出してきて、「これは僕の好きな絵なんだ」と言って、それをジョバンニに見せてくれました。ゴッホの「星月夜」でした。
 「なんだか、見る人によっては、とってもこわい絵だと言う人もいるけど・・・」。
 大きく描かれた夜空が、青暗くうねる渦となり、星々がその中に吸い込まれてゆくように見えて、確かに不気味な絵でした。ふだんは直立したまま動かない糸杉も、餌を探すイソギンチャクのようにゆらぎ、黒くて不吉なものでした。
 「でも」、とカンパネルラは続けました、「僕は、この青黒い渦に負けまいとして光を放つ星々や、下に広がるゴッホのオランダの故郷の寒村に光る小さな窓がとても好きなんだ。すべてを吸い込もうとしている暗い夜空の、青黒い渦巻きを前にして、斑点のような星や窓はそこで暖かい生活の光を放っている。自分たちの差し迫った消失とか消滅に逆らい、自分たちの生活を保とうとしている。圧倒するような夜空の底知れない渦の中に取り囲まれても、小さな星や寒村の窓たちは、その荒い黄色のタッチだけで闇の中に輝こうとしている。

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 それに、もう少しで、朝なんだ。この時、ゴッホは東のほうを向いていて、朝日が上るのを待っていたんだ。星のひとつは、明けの明星と呼ばれる金星で、日の出を告げている。その星をゴッホはとても大きく描いている。
 ゴッホは、画家ゴーガンたち画家仲間を集めて、共同制作に励もうとして南仏アルルに黄色い家を借りる。その黄色の家のベッドも、ひまわりも、ゴッホは生活を表す黄色を分厚く使って描いてゆく。
 「黄色い家」と題された絵には、画家仲間を乗せたと思われる蒸気機関車まで描かれている。それも黄色い家に汽車が直接到着するように描かれている。黄色い家は、ゴッホにとって、みんながやって来るはずの停車場でもあったんだ。まもなく到着するはずのみんなを待ち受けるゴッホの、子供のような喜び・・・。そんな楽しげな蒸気機関車を、ゴッホはほかの絵にも描き足している。
 ゴーガンだけが黄色い家にようやくやって来るけど、結局ふたりは衝突する。激昂したゴーガンがパリに帰ろうとすると、ゴッホのほうは精神のバランスを狂わせ、錯乱する。カミソリで自分の耳をひとつ切り落とす・・・。
 黄色い家での芸術家コロニー建設の夢などは空中分解してしまい、いっさいが砕け散る。
 これですべては終わった、ゴッホも終わった、という人もいる。でも、僕にはそうは見えない、精神錯乱のしるしを嗅ぎつけようとする人は多いけど。
 だって、この事件の後に描かれたこの絵「星月夜」を、もう一度よく見てごらん。星も寒村の窓も小さくて、暗黒の巨大な渦に取り囲まれ、溶かされてしまいそうだ。けれど、実は星や窓は、懸命に生活の黄色を光らせ続けている。黄色は、荒いタッチでしかないし、破片でしかない。だけど、実はとてもたくまくて、生き続けている。
 きっと、この星や窓の黄色は、芸術家コロニーの夢が砕け散つたあとの、空間や時間に飛び散った黄色い家の破片なんだ。残骸でしかない。でも、ゴッホはあきらめない。ゴッホは、破片となってしまった黄色い家を必死にまた集め直そう、拾い直そうとしている。荒いけど、黄色の斑点は、残された共同生活の、安らぎの、生のしるしであり続けている。
 カンパネルラの話に、ジョバンニはただ黙って聞き入るばかりでした。
 同級生だった少年カンパネルラが今やすっかり青年に脱皮しようとしていることに気づき、ジョバンニはまるでまぶしいものを見るようにして、彼を見つめ直しました。
 ジョバンニは、ゴッホの「星月夜」の黄色のタッチは、荒く小さなものだけど、まだ生きていて、とても遠くからでも呼びかけてくるものだと思いました。そして、それが川の「海岸」や銀河のプリオシン海岸で見つけたクルミの実に少し似ているな、と思いました。

 ふたご座の所にまで来ると、銀河の彼方に大きな白鳥座が浮き上がりました。ふたご座と白鳥座は、学校で先生が云ったように、天の川という「巨きな乳の流れ」によってつながっています。白鳥座はふたご座の父親と言われてますが、ジョバンニには天の川を抱えるようにして悠然と飛ぶ白鳥座が、むしろふたご座の母親のように見えてきました。
 星々は、孤立していたわけではなく、天の川に沿って互いにつながっていました。川沿いに町が描き出され、町はまたいくつか連なり、流域という生活圏を形成していました。
 大きく翼を広げ、白鳥座は南へ南へと向かいます。白鳥座の大きさにジョバンニは思わず息をのみました。夏の夜の主役は、なんといっても白鳥座です。
 散らばる星々を線で結んでみると、オオハクチョウが描き出され、その背中が美しい野原となって目の前に広がります。ジョバンニはその背中に舞い降りようとして、白鳥座に必死になってさらに近づきます。
 銀河鉄道に乗っていて白鳥の停車場に近づいたとき、車窓から外を眺めていたカムパネルラの目が突然輝き、「白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ」と云ったことを思い出しました。
 白鳥停車場での20分の停車時間を利用して下車し、駅を出て、水晶細工のような銀杏で囲まれた野原をカムパネルラとジョバニは連れ立って歩き回りました。夢のような時間でした。白鳥座の中心に広がる野原には、林や牧場や苹果や三角標や四辺形のものがさまざまに集まっていて、その辺りがボーッと光ります。月長石に刻まれたような紫のりんどうが、時折りツァリンと音を立てて花を咲かせます。野茨が神秘的な匂を放っていました。
 見渡すと、野原には銀河鉄道の車内で出会ったことのある人たちが集まっています ― 鳥捕りの大将、赤帽信号手、燈台看守、そしてカムパネルラも、彼が川から救い出した級友ザネリやそのおっかさんも。
 野原に集まったみんなは古くからの知り合いのようで、銀河鉄道だけでなく、天の川も生活の大動脈として利用していて、舟を浮かべては互いに行き来していました。みんなは野原でなにやら楽しげに話し合っています。今夜は、銀河祭りの最後の夜なのです。
 カンパネルラも親しげな様子で話しています。背中がピンと伸びていて、決断を下す大人のような雰囲気を辺りに漂わせています。カムパネルラは強さを身につけている、そう、一角獣の角の強さを。町の時計屋に飾られていた星座表で見て以来、ジョバンニは一角獣の強さに憧れ続けてきました。
 大きな鳥が羽根を羽ばたかせる時に起きる風が繰り返し吹きつけてきます。その勢いに煽られ、追いつこうと急ぐジョバンニは吹き飛ばされそうになります。それでも、みんなが集まる白鳥座に少しずつ近づきます。
 コォーッという鳴き声が響きました。闇に目をこらすと、星画びょうによって静止画像にさせられてきた星座が、そこから身をほどき、孵化をはじめ、翼を左右に押し広げ、しなやかにはばたかせています。天体に潜んでいた微光が、その翼を白く染めてゆき、翼は燐光を放ちます。輪郭ははっきりとはしません。でも、みんなが集まっている野原が、一羽の巨きな白い鳥の背中にそのまま乗って銀河を滑ってゆきます。
 カムパネルラが銀河鉄道から失踪する直前に云った最後の言葉の意味がジョバンニにはようやくわかってきました。汽車がサウザンクロス駅を後にして旅も終わろうとしていたとき、カムパネルラは銀河鉄道の旅の印象をまとめるように、はるか彼方の白鳥停車場の野原を思い出してこう云いました、
 「あゝ、あすこの野原はなんてきれいだろう、みんな集まっているねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あゝあすこにゐるの僕のお母さんだよ。」
 その時、カンパネルラは何かを決心した様子になりました。この時だけ、いつもとは違い、カムパネルラは「おっかさん」ではなく、「お母さん」という言葉を使いました。ふだんは、ジョバンニも母親を「おっかさん」と呼びます。でも、カンパネルラがこの時だけ口にした「お母さん」とは、いったい誰のことなんだろう。
 ジョバンニは、考えました ― カムパネルラの云うこの「お母さん」とは、野原に生を吹きこみ、生命連鎖のように新たな生を産む母性とか母胎のことではないだろうか、と。代がかわっても生活を守る母なるもののことではないだろうか、と。
 きっとカムパネルラは、オオハクチョウの背中にみんなが集まることができる共同の場を切り拓き、耕そうとしているのだ。ゴッホの絵「星月夜」を見せてくれたのも、生が産みつがれてゆく場を作ろうとする夢を僕に話してくれるためだったんだ。その野原の開拓と開墾の実現のためなら、たとえ自分が犠牲になって気園にみじんとなって飛び散ってしまうとしても・・・、という決心のようなものをカンパネルラは僕に話してくれたのだ。

 生の野原の近くに、死の孔である石炭袋が大きく深く、どほんと顔のない口を空けています。白鳥座の真ん中近くで暗黒星雲の孔が何かを飲み込もうとしています。その渦巻く黒い孔からあまり離れていない野原の畑で、カンパネルラが大きな黄色い太陽を背にして種を蒔いています。
 野原を背負うオオハクチョウにさらに近づきます。見え隠れしていたカムパネルラの姿が、いよいよはっきりと目にとまります。こちらを振り返っています。
 「カムパネルラッ、カムパネルラッ」
 必死になって何度も大声でジョバンニは叫びます。

 その叫び声で、長い夢想からジョバンニは目をさまし、我に帰りました。自分はまだ北上川の海岸にいて、手にしたクルミをまだ握りしめ続けている。自分はまだ地上にいる・・・。
 夜空に広がる星座を見上げてみると、南へ南へと向かう白鳥座の口ばしのところに美しい二重星がまたたいています。眼もさめるような黄玉と青宝色の二重星がはっきり見えます。この二重星はきっとカムパネルラと自分なのだ、そうに違いない、とジョバンは思います。
 しばらくすると、ジョバンニには、その二重星が銀河で交わしている声が聞こえてきました。二重星は、オオハクチョウの背中に広がる野原のこれからの開墾の仕方などについてあれこれ話し合っています。
 銀河祭りが終わる夜にカムパネルラにようやく追いついて興奮気味のジョバンニは、もう夢中になってカンパネルラに話しかけています ―「ぼくたち、ここで地上よりもいゝとこをこさえなくちゃいけないって、僕の先生が云ってたよ」。
 遠くの地上から勢いよく追いついたジョバンニは突然、準備して暗記までしたことを、口をとがらせながら懸命に言います。
そんな教科書の文章のような発言にたいして、カムパネルラはちょっと驚いてから、苦笑いのような笑いを口元に浮かべます。ジョバンニは、カンパネルラの言葉に比べてたら、自分の言葉がなんだか、まだなんだか自分でも軽い、と思います。でも、話したくて止められません。嬉しくて仕方がないのです。
 オオハクチョウも、カンパネルラと顔を見合わせます。こうこう、とオオハクチョウが鳴きます。その声は四方八方に、上下左右にどこまでも銀河に響きます。オオハクチョウも、息を切らせて地上から合流してきたジョバンニに、きっと何か言いたくなったのです。


                                編集協力・写真撮影:KOINOBORI
                               

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