吉田健一とプルースト

 吉田健一にはプルーストと共通する点が多くある。両者とも教養に富む恵まれた環境の中で少年・青年時代を過ごしたし、フランスの作曲家セザール・フランクを好み、ベートヴェンの晩年の室内楽にも惹かれている。また、絵画の黄金期のひとつである17世紀オランダ絵画にも深い造詣を見せている。ふたりの著作はともに近代が終焉を迎え、新たに革新的な表現が模索された19世紀末から20世紀初頭という時代の大きな端境期にその主軸が据えられている。たとえば、登場人物といえば、19世紀小説というジャンルにおいてはそのアイデンティティを確立させることが常道でもあったが、吉田の場合、主人公は時に自分のことを「こちら」と言いだす。主人公は地理上の位置存在ともなり、多様な様相を見せるようになる。一方、『失われた時を求めて』においても、人物たちは途中で時に変容し、さらには名前まで変える。
 過去の捉え方においても、ふたりは基本において類似する姿勢で探求を行う。いつも出来事を因果関係で直線的に説明付ける進歩史観のような歴史を嫌う。吉田もひたすら博識ぶりを誇示するだけで、過去に対する「今から」の批判的な関与なり問い直しを示さない型にはまった歴史学者を嫌っている。こうしたタイプの歴史観の持ち主は、『失われた時を求めて』にも登場する。ソルボンヌ大学教授ブリショはバルベック周辺の地名の語源についての博識を披瀝し続ける。しかしその長広舌に割って入って、ブリショ教授の画一性に疑問を呈するように自分なりの語源解釈をしてみせるアルベルチーヌの才気のほうがこの場面では記憶に残る。また、シャルリュス男爵もヨーロッパ中世にも遡る自分の、つまりゲルマント公爵家家系図をモノローグで長々と開陳してみせる。しかし、この頃には主人公の気持ちはシャルリュス男爵からすでに離れている。
 こうして吉田とプルーストのあいだにはある類縁性を指摘することができる。しかし、意外なことに吉田はプルーストをあまり評価しない。
まず吉田がプルーストにたいして批判的な口吻を洩らしている箇所を紹介したい。とりわけ、吉田はその『ヨオロッパの世紀末』において、プルーストの第一篇『スワン家のほうへ』のマルタンヴィルの三本の鐘塔のエピソードを取り上げ、こう批判する ― 「この節を一貫して支配してゐるのが現在といふ時間であることは読んでゐて息苦しくなることでも明らか」だ。つまり、時間は<現在でも過去でもなく、その両方>と考える吉田は、マルタンヴィルの鐘塔の場面では時間は現在という一点に止まっていて、現在以外の他の時間と流動的につながらないと批判する。同種のプルースト批判は、吉田の『時間』からも数箇所において読みとることができる。「現在と過去との区別に固執してい」るとも指摘する。

 しかし、この三本の鐘塔のエピソードは、実はそれが置かれた第一篇以外にも、大きく変奏され展開される形で第6篇でも再登場し、小説の重要な構成要素といったものにまでになってゆく。マルタンヴィルの鐘塔の場面は<現在時>という一点にとどまるものではなく、時間軸を大胆に流動し、間欠的に反復・変奏されることによって小説の重要なモチーフのひとつを形成するまでになる。どのようにこのモチーフが構成されてゆくかをまず追ってみたい。
 三本の鐘塔の場面では、主人公は全速力で走る馬車に乗っているが、遠くの三本の鐘塔が馬車の移動とともに遠近法という制約から解き放たれ、娘たちや花々にも見えてくるのに驚く。通常は静止の状態で対象が描かれるが、ここでは対象は ― のちに画家エルスチールの絵画によってより大規模に展開されるが ― 動態の相の下に描かれている。この新しいものの見方に興奮した主人公はその場で多様に見えてくる鐘塔の姿をメモに書き止め、その散文詩ともいえる文章を新聞の「フィガロ」紙に投稿する。  
 文章化された三本の鐘塔を主人公は、第2篇において元フランス大使で何事においても変革を好まない体制順応の官僚ノルポワにパリで読んでもらうが、ヴェルデュラン夫人のサロンの常連でもあるノルポワ侯爵はその散文詩を評価しないだけでなく侮蔑的態度を示す。彼の批判的言辞は若い主人公にとって抑圧ともなり、その後長いあいだに渡り、彼は書くという行為をあきらめ、ペンを取ろうとはしなくなる。
 しかし、大きな展開を迎える第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」までの長い沈潜あいだ、主人公は書くという発信行為は中断したものの、優れた作品の受容という受信を繰り返し行い、そこから受容という一見字義通りのコピーと思われた行為から独自の創造的姿勢が生み出されることを繰り返し習得してゆく。エルスチールやヴァントゥイユといった画家や作曲家の作品から受容が創造的実践へと導かれ促されるようにもなる。

 そうした時第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」で母親によってさりげなく渡された「フィガロ」紙にかつて第1篇で投稿しておいた<マルタンヴィルの三本の鐘塔>が掲載されているのに気づく。しかし、ここで主人公は自分が書いた散文詩をその作者として読んではいない。読むことが読者に新たなものの見方を見出させ、さらには書くことへと促されることがあることを習得した読者として読んでいる。「著者の考えは読者にじかに伝わるものと信じがちだが、実際は読者の精神の中に新たに作られるのは、それとは別の考えなのだ」。主人公が書くことは、読者たちに自分達も自分なりに書こうという精神の営為を喚起させ、新たな可能性を見出させことにつながるはずだ。結局書く者は読者たちを知識や情報の額面通りの享受に追いやるのではなく、創意を芽生えさせる者なのであり、そのことよって作者と読者は精神の深い所で結びつくことになる、とプルーストは続ける。この楽しみは、たとえ読者たちが遠くにいても作者には看取できるはずだ。「(読者という)他者たちに働きかけるという私の楽しみは、もはや時に表面的な会話だけに終始する社交界にあるのではない、文学の中にある」。
 したがって、<三本の鐘塔>は現在時という一点だけに孤立したままで終わる短いエピソーではない。また興奮するあまり読者の存在を眼中に入れない狭い作者意識だけが描かれているわけでもない。時に大きく広げられるコンパスのように間欠的に反復変奏されるうちに、<三本の鐘塔>は無理解による失望という試練に遇いながらも、長い模索の末、最後は主人公を書くことに向かわせ、読者を励起させる『失われた時を求めて』に並行する重要なモチーフに育ってゆくものなのだ。 
 しかし、以上指摘した点は吉田健一が残した業績の大きさを前にすれば、ごく些細な細部といえるものだ。あの長い文章はプルーストの同様に長い文章を想起させるし、このふたつの長い文章はともに一種のダイアローグ原理から生まれた現代的なもののようにも思われる。それに、壮大なまでの歴史観が文章という細部を支えているので、長い文章は恣意的なものには思われない。つまり、微視と巨視は密接に関連しあっていて、こうして堅牢に構成されるスケールの大きさはやはり日本文学では稀有のものと認めざるをえない。そして、このミクロとマクロの相関性はやはりプルーストを連想させるものなのだ。両者とも歴史の大きな変換点あって、黄昏めいた弱い光の時代背景にある深い危機をおぼえつつも、吉田健一マルセル・プルーストも新たに書くことによって敢然として時代と向き合ったのだ。