絶品 鴨とクレソンの山椒鍋


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 コロナ禍もピークを越え、店にも客足が戻り始めた4月、中軽井沢の村民食堂に行きました。村民食堂入り口の季節限定ランチ・メニューに、目が釘付けになりました。そこには、「鴨とクレソンの山椒鍋」というメニューが大きく書かれています。鴨も、クレソンも、山椒も、いずれも私の大好物です。これを頼まないわけにはいきません。

 まずは、リボン状にそがれた春ごぼうと薄切り長ネギを、薄味のお出汁に入れ、あたためます。お鍋には ― ちょっと驚きましたが ― 山椒の実も入れます。和食の木の芽和えなどでは山椒の葉のほうが使われますが、ここでは実のほうを、それもかなり沢山入れます。すると、香り豊かで、かすかなしびれ感のある実山椒の小さな粒々が、次第にそのパンチ力を発揮し始め、それまで薄味だったお出汁が突然パワー十分な逸品に変貌するではありませんか。
 バランス良く味が出た頃を見計らって、鍋に薄くスライスされた鴨肉をさっとくぐらせます。鴨は、若いからなのか、とてもやわらかく、美味しい。しゃぶしゃぶで頂くといくらでもおなかに入りそう。
 新鮮で青々としたクレソンがたっぷり添えられていて、素材の季節感も満喫。東京では味わえないシャキシャキ感です。
 〆には、鴨の味が出たお出汁に手打ちそば ー もちろん信州蕎麦 ― をつけます。これもあたためるくらいで十分です。つるつるっと、これもノンストップ。つけ蕎麦にも箸が止まりません。 
 味わえるのは、地産地消の愉しみだけではありません。土地から得た食材に秘められていた味が引き出され、それらは巧みに混ぜ合わされ、新たな旨みが生まれます。実山椒を使って素晴らしい鴨しゃぶを作り出した豊かな想像力に、乾杯!です。鍋から思わぬ味が生まれ出ることに、一驚しました。このような新しい「作品」を創出した村民食堂のシェフの腕前に、脱帽!です。

 この味は、誰かに吹聴したくなるような代物です。
 きっと、舌の肥えたフランス人でも、この鴨しゃぶには舌鼓を打つことでしょう。そうだ、友人ジャン=ルイを今度この村民食堂に連れてこよう。ジャン=ルイは、以前我が家で木の芽和えを食べさせたとき、妻が最後に葉山椒の葉を手のひらで勢いよく、パンパンと叩いて、眠っていた山椒の香りを引き立ててから、その葉を木の芽和えに添えましたが、ジャン=ルイはその香りが器から食卓まで広がることに目を丸くして驚いたことがあったからです。
 でも、ジャン=ルイにどうやって鴨しゃぶの山椒とか牛蒡をフランス語で説明しようか?
 牛蒡は、確かbardaneだ。でも、ここではあえて「bardaneの根っこ(racine)」と丁寧に説明しよう。フランス人は、bardaane と聞くと、根っこの部分ではなく、その花のほうを思い浮かべるはずだからだ。それに、フランス人は、bardane の根っこの部分は食べない。
 では、実山椒はなんと言おう? ネットで調べると、poivre du Sichan (四川の胡椒)とある。そうか、フランスでは、山椒は知られていない植物なので、仕方なく、「中国四川料理によく使われる胡椒」と説明的に百科事典のように表現されている。確かに、四川料理には山椒 ― 胡椒ではなく ― が多く使われる。 「山椒」に一対一で対応する訳語がフランス語には存在しないから、こうして長く、ややアバウトに説明するしかないのか・・・。
 こんな未知の山椒の小さな粒でも、実はこうして驚くような旨みを作り上げるんだ、どうだい?、とつけ加えて、鴨しゃぶを囲む仏人ジャン=ルイの反応を見てみよう。鴨しゃぶの美味しさに、腰を抜かして驚くかもしれない。山椒の葉の香りにだけでなく、今度は実山椒が秘めるパンチ力にただ無言で圧倒されることになるかもしれない。
 でも、フランスは、食の国でもある。料理に彩りや、風味を添えるハーブ類なら無数に栽培されているし、スープ鍋にはブーケ・ガルニ(パセリ、月桂樹、タイムなどの香草の束)を放り込んで煮込み、香りを添え味を引き立たせよう(relever)とする。このまま黙ったまま、無反応でいることはないないだろう。フランスは、葉山椒や実山椒にやがて貪欲な好奇心を抱き、旺盛な吸収力を発揮して、この不思議な効果をもたらすサンショなるものの正体を暴こうと調査を始めるのではないだろうか。いつかフランスの料理本に、SANSHO という項目が立てられ、その葉と実の有するパンチ力が詳しく、見事に論理的に、流れるように記述されていることを発見する日が来るような気がする。SANSHOという項目が読めるフランスの料理本を読んで、その綿密な取材力と見事な記述に驚愕しのけぞってしまうのが、今度はジャン=ルイではなく私の番になることだってありえない話ではない・・・。
 それにしても、恐るべし、山椒のパンチ力。
 山椒は小粒でもぴりりと・・・。

                 編集協力: KOINOBORI8


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