マルセル・プルースト『失われた時を求めて』を通読する

  オルフェウスの歌  牛場暁夫

マルセル・プルースト失われた時を求めて』通読のための道しるべ》

  マルセル・プルースト失われた時を求めて』を読みはじめたが、あまりの長さに最後まで読み切ることができなかった、迷路にまぎれこんだようになった ― こうした話はよく耳にします。挫折せずに長編小説を読み進む、しかも味読する秘訣はあるのでしょうか。あります!などと大声で断言することはできません。でも、わたしなりの読書道しるべといったものでよろしければ、持ってます、とわたしは小声でお答えします。以下にその一端をご紹介させていただきましょう。迷宮脱出のためのアリアドネの糸が見つかることを願いつつ・・・。

  わたしは、2014年にフランスの権威あるプルースト研究誌Bulletin Marcel Proust (査読付き)に仏語論文 <Nommer dans A la recherche du temps perdu を発表しましたが、その論文(一部省略)に長い日本語レジュメを付け、『失われた時を求めて』の読書案内としてブログに載せることにします。この論文は『失われた時を求めて』の今まで論じられてこなかった主題を扱っていて専門性の高い学術論文ではあります。しかし、この論文には長篇小説を通読するためのヒントが含まれているので、それが道しるべとなって読者の皆さんを導くこともできると思います。

  仏語論文のタイトルを訳せば、「『失われた時を求めて』における名付け」となります。この長編小説における名前の問題は、以前からさかんに論じられてきました。私が論文で提示した新しいアプローチは、名前を<名を与える>という行為の観点から捉え直すことでした。ふつう小説では登場人物にはひとつの名前とひとつの性格が与えられ、それは変化しません。しかし、プルーストの場合は人物にいくつか複数の名前が付けられてゆくし、またその性格も時に大きく変化します。

ごくかいつまんで論文をまとめましょう ― 他者から新たな名前(姓をのぞいたファーストネーム、愛称、通称)が与えられ、それにともないその他者から芸術の創造性の可能性が示されると、呼びかけられた人物はそれに応えるようにして自己のうちに潜んでいた新たな可能性をみずから切り開こうと試みるようになります。名付けるという行為を通して名と創造性が与えられた人物は、それにうながされるようにして自らの内に潜む未知の素質を涵養し、自己変容を遂げ、主体となり創意に富む実践を行いはじめます。また、そうした自己変容を共通する根源的な主題とする寸劇は巻頭から巻末まで登場人物を変えつつ繰り返し演じられ、たがいにつながり小説の新しい時空間が編成されてゆきます。主人公の内面だけが独白される小説ではありません。

  長編小説通読のためのヒントが含まれているこの論文 ― フランスで予想外の高い評価を得ました ― に長い日本語レジュメを付けてブログに載せる次第です。

  なお、筆者の略歴などについては、ウィキペディアを参照されたい。

 

 <Nommer dans La Recherche (『失われた時を求めて』における名付け)>のレジュメ

 

@ 序曲としての就寝劇

失われた時を求めて』巻頭で展開される就寝劇は、オペラや劇作品冒頭で演奏される序曲に相当するものです。序曲にふさわしく、長編小説全体のあらすじを集約して予告する物語性と形式を備えています。

この就寝劇は次のように展開されます ― 母親は訪ねてきたパリ社交界の寵児スワンをもてなすために忙しく、部屋で待つ幼い主人公におやすみのキスを与えることができなくなります。キスを奪われることは幼児期の子供にとっては母親との身体的な合一が奪われることで、主人公は悲嘆にくれます。夕食の片付けがすむと母親はようやく主人公の部屋に入ってきます。息子を愛称である「わたしの金貨さん」、「わたしのカナリアさん」などと呼びかけてから、ジョルジュ・サンドの小説『捨て子フランソワ』 ― 主人公の誕生日のために祖母によってあらかじめ用意されていたプレゼント ― を創意に富む調子で主人公に読み聞かせます。その朗読の声は泣きじゃくる主人公を落ちつかせます。主人公は次第に母親の朗読の声に聞き入り、母親の声が小説の散文に新たな生命を吹きこんでいることに気づき、その状態に未知の心地よさをおぼえるようになります。すでに母親との関係が新たに結び直され、潜んでいた自分の資質が陶冶され、主人公が幼児期から脱皮しようとしていることが暗示されます。

こうして就寝劇においては、主人公は他者性をおびた母親から名前でもって呼びかけられ、母から朗読という創意に富む声が贈与されます。孤立していた幼い主人公は、母親の音楽を思わせる朗読の声によって導かれ、幼児期の孤独から脱却し、新たな自己の可能性を主体的に探るようにうながされます。就寝劇は「新たな時代のはじまり」を告げ、新たな自我の誕生を予告する寸劇でもあったのです。母は平凡でもあったサンドの散文に、「どこまでもつづくいとしい思いのこもった一種の生命を吹きこみ」、主人公はその創造的な朗読に喜びをおぼえます。こうした経緯は、それだけでもすでに『失われた時を求めて』の主要な展開を暗示しているといえます。

 

@ 導き手としての祖母

主人公に名を与え彼を精神的な成長へと導くのは、母親だけではありません。祖母や、恋人アルベルチーヌや、ジルベルトや、画家エルスチールや、作曲家ヴァントゥイユや、料理女フランソワーズなどもそうした重要な役割をはたしてゆきます。この人物たちも、小説の他の構成要素と関連しつつも就寝劇に類似する場面構成に従い、主人公を高揚する領域へと導いてゆきます。

母親の分身である母方の祖母も、コンブレでの就寝劇における母親と類似する役割を避暑地バルベックで演じます。高級リゾート地の豪華ホテルの一室で主人公は孤立感を深めますが、その時無意識的記憶によって思い出された部屋の仕切り壁から主人公を愛称で呼ぶ祖母の声が響いてきます ― 「わたしのネズミさん」、「わたしのキャベツさん」。主人公を安心させようとする、「すぐに行きますよ」という祖母の声も響くが、仕切り壁は次に祖母のピアノ演奏の音を伝えます。主人公は不安や孤独を忘れ、その精神を高揚させる場面が永遠につづくことを願うようになります。

母と祖母によって演じられたコンブレとバルベックのふたつの場面は、無意識的記憶によって思い出されたものとして描かれていて、時間の流れによって消し去られない重要なものとして強調さています。コンブレの就寝劇もその直後にマドレーヌ菓子による無意識的記憶によって甦ってくるコンブレの全生活を先取るようにして描かれていますが、バルベックのホテルで主人公を新たな世界へ導こうとする祖母も同様に無意識的記憶によって甦ってきます。

 

@ エルスチールと名付けられる画家

バルベックに向かう汽車の中で祖母は主人公に「エルスチール」という名前のすぐれた画家がいることを教え、その画業を高く評価します。エルスチールは小説に登場した時はサロンの軽薄な常連でしかなく、女主人ヴェルデュラン夫人によって「ビッシュ」と呼ばれていましたが、祖母はこのビッシュに新たに「エルスチール」という名前を与え、その絵画をセヴィニェ夫人の文学作品に比肩するほどだと主人公に語ります。祖母によってすぐれた画家とされたエルスチールは、社交界の花形ヴェルデュラン夫人たちが避暑を送るバルベックから離れた所にアトリエを構え、そこには傑作「カルクチュイの港」が置かれています。祖母にうながされてそのアトリエを訪れた主人公は、習作群や海洋画を見るうちにエルスチールの創意が、詩でいうところのメタファーによって現実を豊かに変貌させることにあることを学び取ります。エルスチールは、海には陸の用語を用い、陸には海の用語を用いて描いてました。物にそれまでとは別の名を与えて物を生動させ、新たな可塑性を付け加え、対象に「メタモルフォーズ」をうながしていたのです。また、彼の絵画は音楽や文学などの芸術のさまざまなジャンルの用語が使われて描写され、ジャンルを越えて息づく作品そのものとなって迫ってきます。

 

@ アルベルチーヌの登場と成長

 エルスチールは事物にだけでなく人物にも新たな名を与え、その人物に新たな可能性を付与し、人物像を変貌させます。「シモネ嬢」と呼ばれ、仲間とともにリゾート地で遊び、下品な表現も大胆に使う貧しいみなしごをエルスチールは「アルベルチーヌ」とアトリエで新たに名付けて、主人公に紹介します。アルベルチーヌは同性愛疑惑を主人公に抱かせ、嘘もつくなどして彼の嫉妬をかき立てつづけますが、しかしアルベルチーヌという名が与えられると、それ以降はエルスチールから学んだ物の見方を時として自分なりに応用して表現するようになり、主人公を驚かすようになります。彼女が示すようになった教会や地名や服飾への生き生きとした関心には、エルスチールから学んだ物の見方が独自の形にされて反映されています。さらには、その口癖から「さんざんだ」とあだ名されていたバルベックの無知で断言好きな青年に、アルベルチーヌは「オクターヴ」という新たな名を与えますが、それは「さんざんだ」というあだ名の青年が才能豊かな劇作家として成功する時なのです。名を与え、その当人に覚醒をうながすことは、エルスチールが行っていたことでもあります。

  小説から退出する母親や祖母に替わり、エルスチールから名をもらい創造性を発揮して自己変容するアルベルチーヌは、次第に重要な役割を演じるようになります。第五篇『囚われの女』のパリで主人公と同棲生活をはじめるアルベルチーヌは、それまで母親や祖母から愛称で呼びかけられ創造性へと導かれたものの無為な日々を送りつづける主人公に「マルセル」と三度呼びかけ、「マルセル」の前でラシーヌの劇『エステル』を引用したり、ピアノを演奏したり、すぐれた着こなしのセンスを披露したりします。そのことによって主人公マルセルから創造的な反応を引き出し、主人公を創造性を発揮するマルセルに脱皮させようとします。こうしたアルベルチーヌの姿が就寝劇を演じた母親に重なることにマルセルは気づきます。主体的な創作活動を一日延ばしにしてきた作家志望の主人公も、アルベルチーヌに「マルセル」と名付けられると、「以前のわたしとは別の名前を持つ新たな自我」が生まれのを感じ、彼女から届けられる創意に応える形で自らもピアノを演奏するようになります。また、サロンでヴァントゥイユの七重奏曲を聴き、楽節と楽節が相互に働きかけ合い、そこから楽節が他の楽節を活性化する関係の場が生成していることを聞き取ります。ここからは就寝劇での母親の朗読の描写に使われた表現を読み取ることができます。そして、「アルベルチーヌへの愛よりも神秘的な何か」が生まれてくることに気づきます。 先行作品ソナタを展開させた七重奏曲から得られる詩的な感覚が、恋愛における幻滅や嫉妬といった心理よりもはるかに長く持続することにマルセルは気づきます。

 

@ ジルベルト

こうして主要人物たちは孤立せずに、たがいに離れて登場しても一連の人物群となって基本において共通する役割を演じます。愛情や性や社交界といった小説の他の大きなテーマにも関連しつつ多岐に渡って演じられる創造性への導きをマルセルは学び取り、自身の創造的実践を模索するようになります。

こうした大きな流れに沿っていくつか傍流ともいえる脇筋も編まれてゆきます。たとえば、ジルベルトとその母親の関連がそのひとつの例です。ジルベルトは当初、「スワン嬢」として小説に登場しますが、その母親スワン夫人 ― 名もない大部屋女優であり元高級娼婦オデット・ド・クレシーでしたが、エルスチールは彼女の肖像画を描き、その絵に「ミス・サクリパン」という名を与えます ― からタンソンヴィルにある自宅のサンザシの生垣というやはり外部と接する所ではじめて、「ジルベルト」という名前でもって呼ばれ、そこを通りがかった主人公は「スワン嬢」の名前が「ジルベルト」であることを知ります。シモネ嬢がエルスチールによってアルベルチーヌとアトリエで呼び直される経緯と並行します。ジルベルトが現れるサンザシの生垣もやはり音楽や絵画の用語でもって描かれ、精彩に富む場面になっています。ジルベルトもアルベルチーヌと同様に教会巡りを行いますし、親しい友人の作家ベルゴットの作品を主人公に貸すなどして自分なりに彼を創造性へと導こうとします。主人公をエルスチールや作曲家ヴァントュイユへと導くアルベルトと同様に、です。さらにアルベルチーヌがパリで行ったように、ジルベルトも主人公の名前をシャンゼリゼ公園で呼びます。しかし、ここではその名前はついに表記されません。ふたりとも主人公の恋愛の対象ですし、こうしてふたつの恋は並行して展開されることもありますが、主人公を「マルセル」と呼んだアルベルチーヌに比べると、ジルベルトは副次的な存在なのです。

 

@ マルセルと名付けられる主人公

  マルセルはのちに母とヴェネチアに旅し、美術館でカルパッチョの『聖女ウルスラ物語』に描かれた年取った婦人を母親だと思います。また、同じカルパッチョの『悪魔に憑かれた男を治癒するグラドの総主教』の描かれたカルツァ信心会員のひとりにアルベルチーヌの姿を重ねて見ます。そうすることで、自分に名を与え創造性へと導いてくれた母親とアルベルチーヌを、今度はマルセル自身が名画に描かれた存在にまで高めようとします。主体となったマルセルは、母親やアルベルチーヌにならいながらも、それをここで愛情をこめて独自の表現にしてふたりに働きかけています。こうして母親とアルベルチーヌは芸術作品の輝く存在となって生きつづけることになります。すでにアルベルチーヌと祖母は死に、死や忘却が広がりますが、そうした時間の流れにさからようにして創意による永続性が登場人物に与えられます。

 

@ 巻末における『捨て子フランソワ』

最終篇『見出された時』の巻末近くでマルセルは、ゲルマント大公邸の午後の集いに行き、サロンに入る前に無意識的記憶を立てつづけに三度おぼえますが、その直後大公邸の図書室で小説『捨て子フランソワ』を見つけ、コンブレの就寝劇で母親によって夜通し朗読された小説を思い出します。就寝劇で朗読された本は、「もっとも素晴らしい光を浴びて発見されたが、その光はたんに昔から模索をつづけてきたわたしの思考だけでなく、わたしの人生の目的までも、そしておそらく芸術の目的さえも不意に照らし出した」。創造的主体を獲得し創作に打ちこもうとようやく決意するマルセルは、就寝劇で朗読された小説が幼児期からの自らの変容の軌跡を集約するものであることに気づきます。就寝劇で朗読された『捨て子フランソワ』は『失われた時を求めて』全編の展開を予告する序曲ですが、巻末にふたたび現れて、今度は『失われた時』の主要な展開を記憶によってマルセルに明示します。巻頭から展望へと、また巻末からの回顧へと向けられるふたつの照射によって、間隔をおいて断続的に反復されてきたいくつかの名付けの場面はたがいにつながります。また、母親が巻頭のおいて朗読で行ったことを、今度はマルセルがその創造性を独自の形に増幅させて巻末において実践しようとしていることになります。

 

@ 孤立する姓や称号

  成長の軌跡を描くこの教養小説 ― 外部からの働きかけを受けた主人公の内面の発展を描く長編小説で、ビルドゥングス・ロマンともいわれる ー には、その流れに逆らい抵抗する人物たちも描かれます。慣例に従い固定化され不動のものと思いこまれてきた大きな姓のほうは、そこに近づくうちに、姓に含まれていた魅力を次第に失ってゆきます。たとえば、憧れていたゲルマント公爵夫人も画家エルスチールをひどく嫌い、最後には自分の名前さえ失うように書かれています。ゲルマント公爵夫人はそっけない性格を露呈するだけでなく、アルベルチーヌが共感を寄せる元売春婦が女優として評価され、「ラシェル」という新たな名を得ても、その新しい名前を無視し、「あの淫売」、「ユダヤ女」などとかたくなに侮蔑的に言いつづけます。大ブルジョワジーのサロンを取り仕切るヴェルデュラン夫人も、自分のサロンの軽薄な常連だった「ビッシュ」あるいは「ティッシュ」が画家「エルスチール」となって成功しても、ビッシュを「エルスチール」と言い換えることを拒みます。ヴェルデュラン夫人は三度目の結婚によって対立関係にあったゲルマント家に嫁ぎ、姓をあっさり置き換え、いつのまにか「ゲルマント大公夫人」になりますが、あいかわらずサロンを取り仕切ります。また、ブロックは姓も名前も「ジャック・デュ・ロジエ」にひとりで勝手にすっかり置き換え、貴族のサロンに足繁く通います。イギリス紳士然として振舞い、一見成功した劇作家に見えます。しかし、彼はその実マルセルの著作を剽窃をする出世主義者にすぎません。

  登場人物が名前を新たにもらい成長する場面は、小説全篇を通して間歇的に変奏されつつ反復されてゆき、脇筋もそこに加わり大きな広がりが編まれてゆきます。その一方、貴族などの姓や称号の慣例によって不変と見なされてきたものの魅力は、そこに近づくにつれ相対化され次第に色褪せたものになってゆきます。恋愛や社交界のような大きな場面のあいだに挟まれたような所で演じられる名付けの寸劇は共通する展開を見せ、たがいにつながり、声量を増し舞台前面にせり出してきますが、一方それとは逆にそれまで舞台中央を占め、安定し不動とも思われてきた大きな姓のいくつかは固定されたまま変質し、その立場をあやうくしてゆきます。称号のついた姓などの社会上の立場のゆらぎにもわれわれは立ち会うことになります。称号と姓の継承には何かしら痛々しいものが感じられる、とプルーストは書いています。なお、主人公マルセルの姓はついに明らかにされません。

 

@ 芸術作品

この小説では芸術作品が重要な役割を演じます。芸術は受容と創造性との関係性において描かれ、しばしばジャンルを越えて描かれる作品は創造的主体によって実践され、それを受容する者によってさらなる創造性は、この小説特有の構成に従って追求されるものとして表現されます。

その創造性は、芸術家個人の独創として発揮されるものではなく、また偶発的にもたらされる天啓のようなものでもありません。

 

@ 顕微鏡と望遠鏡

名をもらい、それに応えて数次にわたって脱皮し自己変容する一連の人物たちを追うためには、微視だけでなく巨視も必要となります。プルーストは最終巻『見出された時』で、顕微鏡だけでなく望遠鏡も使って『失われた時を求めて』を読んでほしいと読者に呼びかけています。

細部の表現にも特有の輝きを放つ小説ですし、細部の描写を読んでいるとまるで投げた投網をたぐる時のような手応えをおぼえることもできます。しかし、同時に人物群が時間とともに変容し展開されてゆくのを大きく俯瞰するような視座からながめることもできるのです。これはこの小説が与えてくれる大きな、そして稀有な楽しみでもあります。  

以上                    

                                               

  『失われた時を求めて』の翻訳について論じることは、このブログの主旨ではありません。しかし、せっかくの機会でもあるので、仏語論文で引用した『失われた時』の原文だけに限り、その翻訳がはらむ問題点についても触れておきましょう。

  就寝劇が『失われた時』の序曲であり、そこで演じられる劇が小説全編にわたってライト・モチーフともなって次第に大きく展開されてゆくことは論文で詳述しました。しかし、既訳のひとつではこの就寝劇(drame du coucher)が「就寝の悲劇」と訳されています。この小説全体の調子を予告する劇が「悲劇」であるという解釈には違和感をおぼえざるをえません。

  また、豊かな芸術的感性に富む母親も祖母も、上述したように、愛称で主人公を呼び、受け身の彼を創造的受容へと導きますが、この際に繰り返される愛称が一部訳されていない邦訳があります。その後も反復される特徴的な呼びかけなので、省略することなく訳出するべきだったのではないでしょうか。

また、ジョルジュ・サンドの小説『フランソワ・ル・シャンピ』の題名は、champiという普通名詞をそのまま訳し、『捨て子フランソワ』としたほうがプルーストの意図が伝わる邦訳になったのではないでしょうか。最終篇『見出された時』のなかで、執筆しようとしている小説についてマルセルはこう語っています ― 「小説のエッセンスは、『捨て子フランソワ』という名前に含まれている」。名もない捨て子に里母が「フランソワ」という名を与え、そのフランソワは成長してゆきますが、こうした展開は基本において『失われた時』全体の展開さえ暗示しています。ちなみに、サンドのこの小説のタイトルは既訳ではchampiが訳されていて、『棄子のフランソワ』と訳されています。

  また、主人公の名はマルセルではなく、全篇を通し一貫して無名でありつづけると主張する邦訳もあります。アルベルチーヌが主人公に「マルセル」と呼びかける第五篇『囚われの女』の三箇所は、これをすべて削除するべきだ、プルーストがもう少し生きながらえていたら自身の手でこの「マルセル」はすべて削除されていたはずだという主張です。この大胆な<主人公無名説>は長いあいだ流布しました。しかし、その後広範に集められた当該箇所の草稿群の調査研究によってこの無名説は否定されることになりました。

わたしも以下の仏語論文において生成研究とは異なった観点 ― つまり小説の全般的展開の多面的考察 ― からこの<主人公無名説>を再検討しました。その結果、上記のレジュメでもお分かりのように、この<主人公無名説>は否定せざるをえませんでした。この<主人公無名説>では、調査した草稿類がかなり限られたものであったし、またとりわけ小説全般における根源的な展開が考慮に入れられていないからです。

 

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 Nommer dans A la recherche du temps perdu

      Version refondue             

                                         Akio Ushiba

                                        Université Keio

 

   Les noms employés dans la Recherche ont souvent fait l’objet d’analyses[1] ; Proust s’attache en effet minutieusement à marquer la distinction des trois l’âges — celui des noms, celui des mots et celui des choses — et tente d’utiliser les noms propres pour structurer la Recherche[2]. Notre étude tente d’apporter un nouvel éclairage sur ce problème : il nous semble qu’il y a une série de scènes de nomination qui, tout en s’esquissant sur la toile de fond du récit, deviennent au fur et à mesure explicites dans la Recherche et invitent les personnages de progresser spirituellement.

   Prenons, tout d’abord, le cas d’Elstir ; lorsqu’il fait son apparition dans le roman, il est sans nom : dans le salon de Mme Verdurin, on l’appelle tout simplement le « peintre » et , fidèle du salon, il est surtout connu par ses bouffonneries. On sait ensuite que Mme Verdurin l’appelle ensuite « Monsieur Biche »(I, 200[3]).

   Mais, Monsieur Biche change encore une fois de nom : lors du voyage à Balbec, la grand-mère fait découvrir au héros la beauté des Lettres de Mme Sévigné et lui rappelle que le grand peintre Elstir est de la même famille que Mme Sévigné (II, 14). C’est donc par l’intervention indirecte de la grand-mère que Monsieur Biche change de nom et qu’il devient cette fois Elstir. En effet, il s’avère que la grand-mère considère Elstir comme un des plus grands artistes de son temps (II, 189). Et le héros finit par se rendre à son atelier sur les vifs conseils de sa grand-mère : « Je dus finir par obéir à ma grand’mère avec d’autant plus d’ennui qu’Elstir habitait assez loin de la digue » de Balbec (II, 190). Dans l’atelier d’Elstir, « laboratoire d’une sorte de nouvelle création du monde »(II, 190), le héros regarde longuement Le port de Carquethuit, son chef d’œuvre, et il finit par comprendre que son art consiste justement à « nommer » : « Mais j’y pouvais discerner que le charme de chacune [des toiles] consistait en une sorte de métamorphose des choses représentées, analogue à celle qu’en poésie on nomme métaphore et que si Dieu le Père avait créé les choses en les nommant, c’est en leur ôtant leur nom, ou en leur donnant un autre qu’Elstir recréait » (II,191). La peinture d’Elstir consiste à donner de nouveaux noms aux choses. Les œuvres d’Elstir, au lieu de simplement faire l’objet d’une description ou d’une contemplation esthétique, indiquent une voie vers les relations créatrices qui relient les éléments qui les composent et participent activement au récit[4]. D’ailleurs, Elstir donne dans une autre œuvre un nom nouveau à son modèle : il nomme Odette « Miss Sacripant » dans le portrait qu’il fait d’elle (II, 203-205).    

Ce pouvoir de nomination ne se limite pas à ses œuvres : il donne dans son atelier également les noms des jeunes filles de Balbec, : « Elstir me dit qu’elle s’appelait Albertine Simonet et me nomma aussi ses autres amies que je lui décrivis avec assez d’exactitude pour qu’il n’eût guère d’hésitation » (II,200). Dans le cas d’Albertine, elle n’était jusqu’alors connue que comme une « cycliste », une «golfeuse » (II, 199) et ensuite sous le nom de « Mlle Simonet », mais Elstir y ajoute pour la première fois le prénom « Albertine » et la présente au héros dans son atelier.

Une fois nommée, Albertine commence à jouer, à son tour, un rôle plus actif dans le récit. Par exemple, devant l’église de Marcouville-l’Orgueilleuse, petite église de Normandie visitée en automobile avec le héros, Albertine n’en apprécie pas la restauration qui ne sait échapper au « fétichisme attaché à la valeur objective » (III, 402). Elle préfère à cette restauration « la transfiguration de l’église dans le couchant » (III, 402-403). Sous l’influence d’Elstir, s’élevant contre la restauration trop fidèle, elle manifeste ainsi pour la première fois la sûreté de son goût en architecture, changement qui étonne son entourage.

A propos du nom de lieu, Marcouville-l’Orgueilleuse, elle s’exprime ainsi : « [...] j’aime son nom d’Orgueilleuse. Mais ce qu’il faudra penser à demander à Brichot, c’est pourquoi Saint-Mars s’appelle le Vêtu. » (III, 403). Dans la plupart des cas, les étymologies de Brichot font souvent disparaître la poésie des noms, mais Albertine s’intéresse ici à un autre processus de transformation historique des nom des lieux : celui qui appose au nom de Marcouville l’épithète substantivé « l’Orgueilleuse » et à Saint-Mars « le Vêtu ». Brichot, professeur à la Sorbonne, que Swann tient pour « pédant »(II, 752), explique les étymologies des noms « à la prière d’Albertine »(III,484) et Albertine y devine la possibilité de renommer les noms de lieu et de découvrir un autre merveilleux de l’étymologie. Lorsque Albertine interroge Brichot dans le train de Balbec sur ce processus de transformation de Marcouville en « l’Orguilleuse » en disant « Oui, j’aime beaucoup cet orgueil, c’est un village fier », celui-ci confirme cette intuition en disant : « (...) Dans presque tous les noms qui se terminent en ville, vous pourriez voir encore dressé sur la côte, le fantôme des rudes envahisseurs normands » (III, 484). Et de continuer que dans « Hermonville », en fermant les yeux, on pourrait voir l’illustre Herimund, chef norois. Ici, lors de son troisième et dernier discours, Brichot ne réduit plus que simplement les noms de lieu à leur détermination historique par un plat discours rationaliste, mais insinue aussi une possibilité de redonner une poésie et même une possibilité d’humanisation par une nouvelle nomination. A propos de l’étymologie de Brichot, Antoine Compagnon remarque : « l’étymologie participe [...] bien à la désillusion au même titre que la découverte de la réalité des lieux» [5].

   Parmi d’innombrables Albertine — « Unique, croyez-vous ? elle est innombrables devant nos yeux qui l’aiment, [...] »(IV, 85)[6] — , il y en a donc une qui, après avoir été renommée par Elstir, se métamorphose et se montre sous un nouveau jour, ayant progressé intellectuellement.

Et cette fois c’est à Albertine que revient le rôle de nommer  les autres et de les inviter ainsi à se transformer. A Balbec apparaît un jeune homme anonyme, gommeux et fêtard, joueur de baccara et de golf. Une de ses expressions favorites le fait surnommer « Dans les choux ». On s’étonne de son ignorance et de ses jugements péremptoires sur Mme de Cambremer. Mais, c’est à partir du moment où Albertine, une des amies de « Dans les choux », commence la première à le renommer « Octave »(II, 233) que celui-ci se métamorphose d’un coup en un dramaturge de talent dont les œuvres sont rapprochées des ballets russes[7]

 

   L’unicité d’Albertine s’émiette en multiples facettes. Elle apparaît parfois une créature perverse dont le héros jaloux doit traquer sans cesse par l’imagination les secrets coupables. Mais, Albertine n’est pas seulement un objet d’amour-maladie ; elle a aussi pour rôle de faire découvrir au héros une poésie créatrice jusqu’alors inconnue de lui. Dans La Prisonnière, Albertine tente de nommer par son prénom trois jours de suite le héros et c’est à partir de là qu’elle lui donne accès, ce nous semble, à une vie intérieure plus élevée. Après avoir reçu le prénom dans ces situations, le héros accède à des activités spirituelles jusqu’alors inconnues.  

Lors du premier ensemble de journées de La Prisonnière, non seulement elle commence à s’occuper de dessin et de ciselure (III, 576), mais elle montre aussi un goût raffiné pour ses toilettes d’intérieur (III, 571). Elle a la manie des mentir et ses récits sont suspects, mais le héros permet aussi à Albertine de sortir de sa médiocrité et d’enrichir son langage et sa culture. Devenue soudain intelligente, elle joue aussi de la musique au héros : « les soirs où cette dernière ne me lisait pas à haute voix, elle me faisait de la musique ou entamait avec moi des parties de dames, ou des causeries que j’interrompais les unes et les autres pour l’embrasser. Nos rapports étaient d’une simplicité qui les rendait reposants » (III, 575). Et c’est dans cette situation qu’en se réveillant, elle appelle réellement le narrateur par son prénom, même si le prénom n’est pas donné de façon directe: « Elle retrouvait la parole, elle disait : « Mon » ou « Mon chéri », suivi l’un ou l’autre de mon nom de baptême, ce qui, en donnant au narrateur le même prénom qu’à l’auteur de ce livre, eût fait : « Mon Marcel », « Mon chéri Marcel »(III, 583) [8].

   Et ici aussi, la nomination --- ne serait-ce qu’encore une tentative de nommer dans ce passage --- entraîne un changement profond du héros :  

 

Et pourtant, à ce désir honorant d’un « ex-voto » la jeunesse, aux souvenirs aussi de Balbec, se mêlait dans le besoin que j’avais de garder ainsi tous les soirs Albertine auprès de moi, quelque chose qui avait été étranger jusqu’ici à ma vie, au moins amoureuse, s’il n’était pas entièrement nouveau dans ma vie. C’était un pouvoir d’apaisement tel que je n’en avais pas éprouvé de pareil depuis les soirs lointains de Combray où ma mère penchée sur mon lit venait m’apporter le repos dans un baiser »(III, pp.584-585).

 

   Albertine qui appelle le héros par son prénom se transforme donc et devient quelqu’un qui, ayant « un pouvoir d’apaisement », tente de conduire le héros vers un autre monde. La nomination du héros ouvre donc une scène où Albertine révèle au narrateur une nouvelle dimension de lui-même.

Durant le deuxième ensemble de journées de La Prisonnière, le héros, jaloux, soupçonne un sens caché aux paroles et aux regards d’Albertine et constate amèrement son impuissance : « J’avais beau questionner, c’était moi qui répondais, je n’apprenais rien de plus » (III,592) ; « L’amour lui-même ne permet aucune communication »(IV,137)[9]. Mais le soir, Albertine couchée interpelle le héros qui sort : « « Mais où tu vas comme cela, mon chéri ? » et en me donnant mon prénom, et aussitôt se rendormait »(III, 622). Cette tentation de nomination provoque, dans cette scène aussi, un changement radical : « De même que les yeux clos donnent une beauté innocente et grave au visage en supprimant tout ce que n’expriment que trop les regards, il y avait dans les paroles non sans signification, mais entrecoupées de silence, qu’Albertine avait auveil, une pure beauté qui n’est pas à tout moment souillée, comme est la conversation, d’habitude verbales, de rengaines, de traces de défauts » ( III, 622). Et le héros sent une autre Albertine qui « soustraite à tout, non pas seulement matériellement mais moralement, était le pur chant des Anges » (III, 621). Attisant l’imagination, la nomination va conduire le héros et Albertine elle-même vers une nouvelle possibilité de relation ; cette scène se déroule finalement sous le signe de la métaphore de l’interprétation artistique : « Seul son souffle était modifié par chacun de mes attouchements, comme si elle eût été un instrument dont j’eusse joué et à qui je faisais exécuter des modifications en tirant de l’une, puis de l’autre de ses cordes, des notes différentes » (III, 620)[10].

   Chez Proust, des scènes importantes se répètent souvent à plusieurs reprises avec des variations. Il en est ainsi de la scène de la nomination. Ce qui se déroule ainsi durant les deux premières soirées de La Prisonnière se rejoue encore une fois pendant la troisième journée. Ce jour-là, le héros sent renaître sa jalousie et décide d’empêcher Albertine de sortir revoir Léa au Trocadéro. Il est pourtant obligé de reconnaître qu’il lui est impossible de posséder les autres. Mais, Albertine fait porter au héros un billet, lui annonçant son retour prochain, où le prénom « Marcel » est écrit deux fois :  «

 

 Mon chéri et cher Marcel, j’arrive moins vite que ce cycliste dont je voudrais bien prendre la bécane pour être plus tôt près de vous. Comment pouvez-vous croire que je puisse être fâchée et que quelque chose puisse m’amuser autant que d’être avec vous ? Ce sera gentil de sortir tous les deux, ce serait encore plus gentil de ne jamais sortir que tous les deux. Quelle idées vous faites-vous donc ? Quel Marcel ! Quel Marcel ! Toute à vous, ton Albertine» (III, 663).

 

 Le héros y voit une Albertine, qui le ramène à un monde différent de celui du désir. Et attendant son retour dans « la confiance en sa docilité », le héros, nommé « Marcel » par Albertine plusieurs fois de suite, commence à jouer au piano la sonate de Vinteuil, ce qui l’aide à redescendre en soi-même : « (...) je pouvais disposer de ma pensée, la détacher un moment d’Albertine, l’appliquer à la Sonate » (III, 664). En trouvant enfin sa voix propre, le héros nommé Marcel continue : « Non, prenant la Sonate à un autre point de vue, la regardant  en soi-même comme l’œuvre d’un grand artiste, j’étais ramené par le flot sonore vers les jours de Combray --- je ne veux pas dire de Monjouvain et du côté de Méséglise, mais des promenades du côté de Guermantes --- où j’avais moi-même désiré d’être un artiste » (ibid.). « Marcel » finit par saisir un des secrets de Vinteuil qui, développé, lui permettra d’élaborer sa propre vision de l’art et de réfléchir sur l’« unité essentiel » des grandes œuvres du XIXe siècle. Jusqu’alors individu quelconque et simple dilettante, le héros, une fois nommé Marcel par Albertine, commence ici à formuler sa vision enfin saisie et à s’approcher de l’écriture. En donnant le nom « Marcel » au héros, qui, ne serait-ce qu’encore passagèrement, se montre prêt à devenir le narrateur du roman, Albertine lui révèle avant Le Temps retrouvé ses capacités et l’amène jusqu’à une vie intérieure enrichie et féconde[11].

Albertine, que les œuvres d’Elstir et de Vinteuil ont éveillée, invite par la vivacité et la richesse de ses réactions le héros à lui-même se tirer son profit spirituel de ces œuvres. Il finit par saisir enfin l’essentiel de Vinteuil, « communication des âmes »(III,763) après le concert du septuor de la troisième journée ; il ressent « quelque chose si grand » à l’écoute de la musique qui réunit Albertine et lui-même. Ce n’est pas seul qu’il approche de la maturité, mais c’est en répondant à l’appel d’Albertine qu’il se métamorphose et élabore sa propre vision qui lui permettra lui-même d’écrire[12].

Ainsi, Albertine et Marcel, inventent-ils un nouveau mode d’échange, partiel mais riche en avenir, pour tenter de dépasser l’échec initial de leur relation affective. Ici par un renversement profond, la solitude et la détresse s’effacent et suscitent des échanges réciproques. Certes, cette nouvelle situation n’est encore que passagère, mais elle est importante et annonce déjà les conditions de la révélation finale du Temps retrouvé. « [...] cette femme n’a fait que susciter par des sortes d’appels magiques mille éléments de tendresse existant en nous à l’état fragmentaire et qu’elle a assemblés, unis, effaçant toute lacune entre eux, c’est nous-même qui en lui donnant ses traits avons fourni toute ma matière solide de la personne aimée » (IV,85).

   Pendant cette troisième journée, mise en appétit par les appels des petits marchands ambulants de Paris et non contente d’être simplement consommatrice, Albertine, enthousiaste pour « les nourritures criées », fait montre de créativité littéraire en se livrant oralement devant Marcel au vertige de la description des glaces. D’habitude peu loquace, Albertine devient créatrice, faisant preuve d’une riche imagination visuelle : elle a plaisir à « convertir [...] les monuments de framboise ou de vanille en fraîcheur dans [son] gosier » (III,636-637). Non exempt d’un arrière-plan sexuel ambigu, cet bel exercice joue comme un stimulant pour Marcel qui n’est encore qu’un jeune esthète qui peine à s’engager dans une œuvre ; non seulement elle cite Esther de Racine si bien que Marcel la surnomme « Albertine-Esther » (III, 606), mais ses paroles « montrèrent en effet combien d’intelligence et de goût latent s’étaient brusquement développés en elle depuis Balbec » (III, 635) : « Albertine, même dans l’ordre des choses bêtes, s’exprimait tout autrement que la petite fille qu’elle était il y avait seulement quelques années, à Balbec »(III,528). Jacques Dubois écrit : « Soyons plus sensibles à ce qu’a de rafraîchissant chez Albertine ce don de soi, ce mouvement vers l’autre. Et tenons compte de ce que le monde de la Recherche est marqué par un grande lésine affective avec laquelle contraste la présente générosité »[13].

   Pendant les quatrièmes journées, elle joue au piano des pièces pour que Marcel les comprenne mieux ; tout en gardant ses secrets, elle dialogue longuement avec Marcel au sujet de la créativité artistique (III,878). Et ce dialogue connote l’idée d’un échnage constructif.

   Dans Albertine disparue aussi, l’amour pour Albertine reste pour Marcel la limitation d’un individu par un autre, mais, reconnaissant «un enrichissement de qualités » (IV, 81) d’Albertine, il se fait la réflexion à propos de ses nouvelles qualités poétiques : « Mais j’admirai aussi comme la cycliste, la golfeuse de Balbec, qui n’avait rien lu qu’Esther avant de me connaître, était douée et combien j’avais eu raison de trouver qu’elle s’était chez moi enrichie de qualités nouvelles qui la faisaient différente et plus complète » (IV, p.51)[14].

 

   Ces petites scènes répétitives déclenchées par la nomination se déroulent ainsi les trois premières jours consécutifs de La Prisonnière. Mais le scénario de ces scènes est en réalité présent en germe lors du drame du coucher au début de Du côté de chez Swann. Les deux passages partagent plusieurs aspects communs. D’abord, ces deux débuts --- du 1e tome et du 5e tome La Prisonnière --- ont ceci de commun que le héros ressent dans les deux cas d’abord de la jalousie, parce qu’il a peur qu’en le délaissant, la mère du drame du coucher et Albertine aillent en secret retrouver loin de lui des plaisirs partagés avec d’autres. Dans la cas d’Albertine, il craint qu’elle n’ait avec Léa en cachette des rencontres amoureuses, tandis qu’à Combray il a peur que sa mère, trop occupée à accueillir Swann, n’aille rejoindre les plaisirs de la table dont il est exclu. De même qu’à Combray l’enfant craint de perdre un amour qu’il croyait absolu, de même à Paris devenu adulte le héros doute de l’amour d’Albertine. D’ailleurs, le baiser refusé d’Albertine est un reflet lointain de celui de Combray ; « Mais ce soir son baiser, d’où elle (Albertine) était elle-même absente, et qui ne me rencontrait pas, me laissait si anxieux [...]. Comme jadis à Combray, quand ma mère m’avait quitté sans m’avoir calmé par son baiser[ ...] » (III,619). L’accès à l’intériorité profonde de ces êtres désirés est interdit dans les deux cas.

   Comme Albertine, la mère appelle par son nom --- des diminutifs dans ce cas --- le héros enfant pour le calmer et l’amener vers le monde de la littérature en lui lisant François le Champi : tard le soir, après le départ de Swann la mère entre dans la chambre du héros en pleurs et lui adresse pour la première fois dans le roman la parole : « Mon petit jaunet », « Mon petit serin » (I, 38). Après l’avoir appelé par ces diminutifs, la mère sort François le Champi du paquet que la grand-mère avait acheté comme cadeau pour l’anniversaire du héros et lui en fait la lecture avec une voix dont le narrateur souligne la qualité musicale : «[...] elle fournissait toute la tendresse naturelle, toute l’ample douceur qu’elles [cette bonté et cette distinction morale] réclamaient à ces phrases qui semblaient écrites pour sa voix et qui pour ainsi dire tenaient tout entières dans le registre de sa sensibilité. Elle retrouvait pour les attaquer dans le ton qu’il faut, l’accent cordial qui leur préexiste et les dicta, mais que les mots n’indiquent pas »(I, 42). Certains mots employés dans cette citation, « phrases », « registre », « attaquer », « tons », « accent », peuvent en effet être en même temps lus comme des termes musicaux. « Elle insufflait à cette prose si commune une sorte de vie sentimentale et continue »(ibid.) en faisant entrer la marche des syllabes dans un rythme uniforme ; grâce à cette lecture le héros est non seulement calmé, mais se laisse aller à la douceur de cette nuit. Chez la mère, on peut relever un sens plus créateur et plus musical qu’imitatif et contemplatif. Tout en étant une « lectrice admirable » de François le Champi, elle est donc en même temps une « lectrice infidèle »(I, 40). Le héros, qui souffre de la perte de l’affection maternelle exclusive, se sent non seulement calmé par cette lecture « infidèle » faite par la mère, mais il découvre le sens et le goût créateurs de sa mère : la lecture est une véritable initiation à la littérature pour l’enfant qui n’a « jamais lu encore de vrai roman »(I,41)[15]. L’appel direct de sa mère produit déjà un autre moi qui devient capable de trouver les signes du spirituel à travers la perte de l’amour.

En effet, dans « Combray II » qui commence juste après ce drame du coucher situé à la fin de « Combray I », le héros, conduit déjà à un niveau spirituellement plus élevé grâce à la lecture faite par sa mère, arrive à apprécier les œuvres de Bergotte et les pièces de théâtre. Le drame du coucher commence certes par rompre le lien absolu qui existait entre la mère et son fils, mais cette scène finit par recréer une nouvelle relation créatrice entre eux. D’ailleurs, Proust écrit dans « Journées de lecture » que la lecture peut produire « ce miracle fécond d’une communication au sein de la solitude » (PM, 174). Conçue moins comme « une idole immobile »(PM, 183)[16], la lecture sert pour lui à fortifier et mettre en marche l’esprit des lecteurs : Proust met en valeur le rôle d’incitation et de stimulation que tient la lecture.

   Le drame du coucher est donc une sorte de pierre d’attente et ses échos se font aussi entendre dans la vie du héros avec Albertine. Lorsqu’il l’embrasse dans La Prisonnière, celle-ci lui fait en effet ressentir une « douceur quasi familiale »(III, 585) : « Tel tout mon passé depuis des années les plus anciennes, et par delà celles-ci le passé de mes parents mêlaient à mon impur amour pour Albertine la douceur d’une tendresse à la fois filiale et maternelle »(III, 587). Certes, la mère prend finalement une sorte de distance avec le héros et dévoile pour la première fois son altérité, mais pour calmer la détresse du héros, elle annonce déjà une dimension du futur.   

Bien que la mère préserve dans un sens l’esprit conservateur de Combray (III,415), une sorte de continuité se crée entre la mère et Albertine, entre amour maternel et amour passionné qui, en se superposant, perdent leur identité. Le drame du coucher est donc une scène primitive et matricielle pour l’apprenti-écrivain[17]. Cette scène en apparence anodine, qui commence par la nomination du héros par la mère, entame une série de métamorphoses et d’apprentissages dont les conséquences s’étendent à l’ensemble de la Recherche[18].

   Il nous semble que l’acte de nommer provoque de même un renversement de situation lors de la dernière scène de la réminiscence de la grand-mère (III,148-177). Pendant son deuxième séjour au Grand Hôtel de Balbec, la présence de la grand-mère qui était avec lui durant son premier séjour est rendue au héros lorsqu’il se déchausse le soir de son arrivée. Certes ce phénomène réalise un bouleversement de toute sa personne, mais il ressent ici plutôt du remord pour les chagrins qu’il lui a affligés lors de son premier séjour. Après un petit somme, lui reviennent les souvenirs de sa grand-mère lors de son premier séjour ; en particulier, il se rappelle l’expression « Ne t’agite pas, petite souris »(III, 160) et de nouveau la cloison de la chambre résonne à la façon d’un instrument de musique : « un piano où ma(sa) grand-mère aurait joué et qui vibrerait encore de son toucher » (III,159). En effet, lors du premier séjour, après avoir échangé des coups avec le héros à travers le mur, la grand-mère vient dans la chambre du héros et l’appelle directement « mon pauvre choux », «sa[ma] petite souris »(II, 30). Et cet emploi des diminutifs est étroitement lié avec « la symphonie par le dialogue rythmé de mes trois coups (...) où elle savait transporter l’âme de ma grand-mère tout entière »(ibid.).

Le héros se sent d’abord isolé et dépaysé dans cet hôtel de luxe aménagé pour une clientèle fortunée. Mais le souvenir de l’emploi du diminutif par la grand-mère renverse la situation et déclenche ensuite une nouvelle scène où le héros est appelé à progresser spirituellement ; la sorte de musique qui commence avec cet appel incite le héros à s’élever spirituellement. Comme c’était le cas avec Albertine et la mère, la grand-mère appelle d’une façon enjouée le héros par son nom et l’inspire par la musique qui s’associe à cette dénomination. Le caractère au fond dialogique et théâtral de cette scène, qu’ouvre cette nomination, va briser en quelque sorte la solitude du héros. Au lieu de se contenter de rapporter les souvenirs par un retour direct au passé, Proust développe le scénario en deux temps : d’abord nomination après la visite qui a lieu dans une situation critique et développement sous une forme dialogique et musicale ensuite[19].

D’ailleurs, la grand-mère est tellement semblable à la mère que le héros en viendra à prendre sa mère pour une « apparition » (III, 513) de sa grand-mère et que toutes les deux forment une figure double de la maternité. Après la mort de la grand-mère, la mère devient « son successeur ressemblant, le continuateur de sa vie interrompue » (III,166) et adopte sa manie de citer les Lettres de Mme de Sévigné. Ces citations permettent à la mère et à la grand-mère de donner du poids aux exhortations adressées au héros. Il arrive dans la Recherche qu’en s’affranchissant des limites de l’individualité personnelle, le personnage devienne le lieu d’une transmigration en lui de ses ascendants[20].

 

    Par ailleurs, l’amour avec Gilberte annonce celui avec Albertine ; il se déroule en contrepoint avec celui d’Albertine : « Ainsi mon amour pour Albertine, tant qu’il en différât, était déjà inscrit dans mon amour pour Gilberte » (IV, 483. III, 111). Leurs noms se ressemblent tant que le héros confond leurs écriture et leurs signatures. Et toutes les deux sont amies intimes d’Andrée et de Léa, gomorrhéenne. De même que Gilberte et Bergotte, qui est son ami, vont ensemble visiter les vieilles villes, les cathédrales, les châteaux (I,98) et qu’elle « peignait dans la chapelle du château »(IV, 266-267), de même Albertine apprend à apprécier les églises en compagnie d’Elstir (III, 402-403). Lorsque le héros est amoureux de Gilberte, elle lui offre  « une brochure » de Bergotte, jouant ainsi pour lui, à sa manière, le rôle d’initiatrice. Bien qu’à la différence d’Elstir et de Vinteuil, Bergotte n’arrive pas finalement à deviner le secret de l’art, chacun des deux grands cycles d’amour avec Gilberte et avec Albertine[21] est associé respectivement aux artistes.

   Le lecteur apprend les noms de Gilberte et d’Albertine de la même façon : elles apparaissent toutes les deux sans nom, puis sont ensuite appelées d’abord par leur patronymes : respectivement « Mlle Swann » (I,98-99) et « Mlle Simonet » (I,158-159). Et finalement la première est appelée « Gilberte » à Tansonville par Mme Swann, sa mère, comme Mlle Simonet « Albertine Simonet » par Elstir à Rivebelle. Cette ultime nomination de « Gilberte » (I,140-141) a lieu devant la haie des aubépines de Tansonville qui sont comparées avec des œuvres artistiques : « Alors me donnant cette joie que nous éprouvons quand nous voyons de notre peintre préféré une œuvre qui diffère de celles que nous connaissions, ou bien si l’on nous mène devant un tableau dont nous n’avions vu jusque-là qu’une esquisse au crayon, si un morceau entendu seulement au piano nous apparaît ensuite revêtu des couleurs de l’orchestre, mon grand-père m’appelant et me désignant la haie de Tansonville, me dit : « Toi qui aimes les aubépines, regarde un peu cette épine rose ; est-elle jolie ! » (I,137). Cette mise en scène emprunte d’une atmosphère artistique est tout à fait comparable avec celle où Mlle Simonet dans l’atelier d’Elstir, lieu hautement artistique, est prénommée Albertine par celui-ci. Ainsi la description des tableaux d’Elstir et celle des aubépines sont-elles liées étroitement avec le récit dans les deux cas. Tout en étant subalterne et secondaire par rapport à celui d’Albertine, l’amour de Gilberte le préfigure déjà.

   Une fois nommée, Gilberte tente cette fois-ci, même si sa tentative est maladroite, d’appeler le héros par son prénom, encore une fois comme Albertine. Aimable mais distante, elle lui propose dans le jardin des Champs-Elysées de s’appeler par leurs prénoms au lieu de se vouvoyer : « en tout cas moi, je vous appellerai par votre nom de baptême » : « Pourtant elle continua encore un moment à se contenter de me dire « vous » et comme je lui faisais remarquer, elle sourit, et composant, construisant un phrase comme celles qui dans les grammaires étrangères n’ont d’autre but que de nous faire employer un mot nouveau, elle la termina par mon petit nom » (I, 396). Le nom prononcé du héros n’est pas transcrit ici, mais cette nomination donne au héros adolescent un plaisir inconnu : « Mais au moment même, je ne pouvais apprécier la valeur de ces plaisirs nouveaux. » (ibid.). Bien qu’il y pressente avec « ces plaisirs nouveaux » la possibilité de l’apparition d’« un autre moi », il n’arrive ni à poursuivre cette possibilité ni à les approfondir. Le jeune héros joue ici plutôt une scène de procrastination, comme il le fait souvent. Mais, cette courte scène de nomination manquée lui annonce déjà une possibilité d’accéder à une autre dimension. Et à la fin du roman, ayant hérité du physique de sa mère, Gilberte éveille chez Marcel des souvenirs de Combray et le pousse à écrire.

   Mme Swann, la mère de Gilberte, apparaît, elle, d’abord sous plusieurs noms différents qui dessinent le personnage : la dame en rose chez l’oncle Adolphe ; la dame sans nom, en blanc, de Tansonville qui nomme pour la première fois « Gilberte » une fillette qui est devant le héros ; Odette de Crécy, femme du « demi-monde » du XIXe siècle ; Miss Sacripant d’après le titre qu’Elstir donne à son portrait ; Mme de Crécy ; Mme de Forcheville. Elle est antidreyfusarde et espère se faire admettre dans la haute société. Mais, les noms bourgeois et aristocratiques qui la désigne successivement brouillent les distinctions entre les classes sociales : personnage composite elle aussi, elle reste en dehors des conventions sociales.

Elle fait son ultime apparition au Bois de Boulogne, sous le nom de « Mm Swann » ; c’est ainsi que l’appellent les promeneurs du Bois : « Vous savez qui c’est ? Mme Swann ! Cela ne vous dit rien ? Odette de Crécy ? ( --- ) Je crois que vous ferez bien de ne pas le lui rappeler. Elle est maintenant Mme Swann (--- )» (I, 413). Et, bien qu’elle soit jusqu’alors une femme de réputation douteuse et qu’elle ne cesse de tromper Swann, c’est en réalité ce nom de « Mme Swann » qui lui convient le mieux et qui regroupe en quelque sorte toutes ses identités précédentes. En effet, dans Le Temps retrouvé, à l’époque où elle est devenue la maîtresse de M. de Guermantes, regrettant Swann, elle avoue finalement : « Pour M. Swann, c’était parce que je l’aimais follement »(IV, 598). 

   Au Bois, Odette, désignée sous le nom de « Mme Swann » déploie un charme vestimentaire qui est un petit chef d’œuvre : en effet, lors de cette apparition dans l’Allée des Acacias du Bois qui se situe à la fin de « Noms de pays : le nom » de Du côté de chez Swann, Mme Swann incarne et réalise « des chef-d’œuvre de l’élégance »(I, 416), et lors de la deuxième apparition au Bois, le charme de sa toilette est de nouveau souligné : « tout d’un coup, sur le sable de l’allée, tardive, alentie et luxuriante comme la plus belle fleur, et qui ne s’ouvrirait qu’à midi, Mme Swann apparaissait, épanouissant autour d’elle une toilette toujours différente mais que je me rappelle surtout mauve ; puis elle hissait et déployait sur un long pédoncule, au moment de sa plus complète irradiation, le pavillon de soie d’une large ombrelle de la même nuance que l’effeuillaison des pédales de sa robe. » (I, 625). De surcroît, dans l’épanouissement de son charme vestimentaire, les mille détails de la chemisette de Mme Swann, « femme peinte », sont comparés avec « ces parties d’orchestre »(I, 627). Ici aussi, la double ultime apparition épiphanique dans cette scène exaltée a lieu presque en même temps qu’une nouvelle nomination : « Mme Swann ».

   Jusqu’alors le héros ajourne ses projets littéraires et prend conscience peu à peu de l’impossibilité de son amour pour Gilberte. Mais le sentiment d’échec amoureux est en partie effacé et compensé par ces deux apparitions poétiques de Mme Swann. Et dans les deux cas, le héros, ébloui par ses charmes, finit par dialoguer avec elle. Elle éclipse en quelque sorte l’histoire d’amour malheureuse du héros, et compense les déceptions affectives par un éclat même de sa toilette élevée au niveau d’une œuvre d’art.

 

Le héros se montre parfois agressif avec sa grand-mère en buvant exprès de l’alcool devant elle, ou avec tante Léonie par exemple lorsqu’il vend ses meubles à une maison de passe ; la profanation est en effet l’un des thèmes de la Recherche. Tout en voulant devenir écrivain, il est incapable de définir le sujet de son œuvre. Même lorsqu’il ressent une émotion profonde face à la nature, il n’arrive pas à l’élucider ni à l’exprimer par écriture. De là vient qu’on lit souvent ces phrases, signes d’une impasse qui le conduit à la procrastination : « Je ne savais pas alors  que --- », « je ne pouvais comprendre que --- ». De plus, il essuie plusieurs échecs amoureux. Incarnant de la précarité, il reconnaît lui-même qu’il manque de constance : « j’avais trop expérimenté l’impossibilité d’atteindre dans la réalité ce qui était au fond de moi-même » (IV,455).

   Cependant, c’est un personnage qui en même temps progresse spirituellement de façon intermittente. Le moi qui apparaît au début d’A l’ombre des jeunes filles en fleurs se contente un peu comme Swann de rechercher des expériences sensuelles et de se livrer au dilettantisme érudit. Mais, lors du second séjour à Balbec, « [les] yeux  instruits par Elstir à retenir précisément les éléments que j’écartais volontairement jadis » (III,179), il découvre le mouvement dynamique de la mer. Lorsqu’il pénètre enfin dans l’hôtel de Guermantes, il n’oublie pas la leçon de l’atelier d’Elstir qu’il continue à entendre « chanter » (II,714) en regardant des tableaux d’Elstir accrochés dans le salon. Il fait des expériences identiques lors de la visite chez la princesse de Guermantes qui a lieu deux mois après ; à la différence de M. et Mme de Guermantes qui avouent finalement ne pas aimer les œuvres d’Elstir, il se souvient des sollicitations et des appels adressés par ses œuvres (III,414)[22].

Après avoir été appelé plusieurs fois de suite du nom « Marcel » par Albertine dans La Prisonnière, il reconnaît lui-même, dans Albertine disparue, qu’une transformation radicale a lieu dans son esprit lors de la seconde étape de l’oubli d’Albertine : « L’être nouveau qui supporterait aisément de vivre sans Albertine avait fait son apparition en moi, puisque j’avais pu parler d’elle chez Mme de Guermantes en paroles affligées, sans souffrance profonde. Ces nouveaux moi qui devraient porter un autre nom que le précédent, leur venue possible, à cause de leur indifférence à ce que j’aimais, m’avait toujours épouvanté » (III,174). L’apprentissage se fait ainsi en décrivant le processus de la naissance de nouveaux noms.

 Le héros qui restait passif et silencieux devient alors actif et prend la parole. Lors de la troisième journée de La Prisonnière, où Albertine appelle le héros « Marcel », celui-ci prend enfin la parole et dit « Tristan !» en mettant une partition de Wagner sur celle de Vinteuil et en jouant lui-même la sonate au piano. En prononçant le nom de « Tristan », Marcel donne une sorte d’authenticité artistique à l’œuvre de Vinteuil.

Cette nouvelle attitude contraste avec celle de Swann qui, tout en entrevoyant le vrai message de Vinteuil dans une situation identique lors de la soirée Saint-Euverte, n’arrive pas pourtant exprimer son émotion artistique : « Par là, la phrase de Vinteuil avait, comme tel thème de Tristan par exemple, qui nous représente aussi une certaine acquisition sentimentale, épousé notre condition mortelle, pris quelque chose d’humain qui était assez touchant » (I, 344). Mais, la phrase de Vinteuil lui reste toujours « inconnue » (I,219). Lorsque Swann écoute la petite phrase de Vinteuil lors de la soirée Verdurin, il ne peut pas, ici non plus, « nommer » les impressions que lui donne cette phrase : «  Et cette impression continuerait à envelopper de sa liquidité et de son « fondu » les motifs qui par instants en émergent, à peine discernables, pour plonger aussitôt et disparaître, connus seulement par le plaisir particulier qu’ils donnent, impossibles à décrire, à se rappeler, à nommer, ineffables [...] » (I, 206). A la différence de Marcel qui entend l’appel de la vocation et qui nomme « Tristan ! » [23], Swann ne joue pas de piano ni ne saisit la phrase, qui reste pour lui une passante inconnue « qu’il aime déjà et dont il ignore jusqu’au nom » (I ,219)

Par ailleurs, le charme de Venise se trouve d’abord contenu dans son nom. Mais l’image de la Venise idolâtrée s’efface à la fin du séjour et la ville perd son âme (IV,233). Mais juste avant cette constatation amère, en regardant Le Patriarche di Grado exorcisant un possédé de Carpaccio à l’Académie, Marcel prononce le nom du peintre : « Carpaccio que je viens de nommer était le peintre et qui était le peintre auquel, quand je ne travaillais pas à Saint-Marc, nous [la mère et Marcel] rendions le plus volontiers visite, faillit un jour ranimer mon amour pour Albertine » (IV,225). Marcel est d’abord frappé par le manteau porté par un compagnon de la Calza dans un tableau de Carpaccio et le nom et l’œuvre de Carpaccio ont ainsi pour rôle de ranimer l’image d’Albertine : « Sur le dos d’un des compagnons de la Calza, reconnaissable aux broderies d’or et de perles qui inscrivent sur leur manche ou leur collet l’emblème de la joyeuse confrérie à laquelle ils étaient affiliés, je venais de reconnaître le manteau qu’Albertine avait pour venir avec moi en voiture découverte à Versailles, (...) » (IV,226). Lors de cette dernière promenade en voiture avec le narrateur avant sa fuite et sa mort, Albertine manifeste son élégance vestimentaire en portant le manteau de Fortuny, qui lui a été donné par Marcel. Ainsi Marcel donne le nom de Carpaccio au manteau de Fortuny et y ajoute une nouvelle valeur artistique : il exalte ainsi la présence d’Albertine.    La leçon d’Elstir qui consiste à « nommer » est mise en œuvre ici aussi : « [...] c’est en leur (aux choses) ôtant leur nom, ou en leur donnant un autre qu’Elstir recréait » (II,191). Ce d’autant plus que c’est Elstir qui introduit le charme des robes de Fortuny dans la Recherche (II,253). Le manteau, les peignoirs et les robes que Marcel a offerts à Albertine sont ceux de Fortuny, et ils évoquent Venise et l’Orient (III,871), mais dans cette scène à Venise le manteau de Fortuny est valorisé par ailleurs par celui du personnage de Carpaccio[24]. Ici aussi nous pouvons participer à un processus de nominations multiples. On pourrait aussi remarquer qu’une sorte de réciprocité entre Albertine et Marcel se rétablit enfin, bien que cette scène soit de courte durée.

Emmanuel Levinas écrit :

 

 Marcel n’aime pas Albertine, si l’amour est une fusion avec autrui, extase d’un être devant les perfections de l’autre ou la paix de la possession. [...] Mais ce non-amour est précisément l’amour, la lutte avec l’invisible, ― la possession, cette absence d’Albertine ― , sa présence. Par-delà, le thème de la solitude chez Proust acquiert un sens nouveau. Son événement réside dans son retournement en communication. Son désespoir est une source intarissable d’espoirs [25].

 

   Françoise, cuisinière de la tante Léonie, se montre parfois cruelle, jalouse et ignorante. Mais il arrive qu’elle manifeste un autre aspect de son caractère et apparaisse créative en faisant son « bœuf mode », petit chef-d’œuvre culinaire appréciée par Norpois : elle est alors qualifiée de « Michel-Ange de notre cuisine » (I, 449-450). De même, lorsque se termine le déjeuner du dimanche à Combray à la préparation duquel elle a consacré tout son talent, on peut lire ce passage : « Quant tout cela fini, (...) une crème au chocolat, inspiration, attention personnelle de Françoise, nous était offerte, fugitive et légère comme une œuvre de circonstance où elle avait mis tout son talent. Celui qui eût refusé d’en goûter en disant : « J’ai fini, je n’ai plus faim », se serait immédiatement ravalé au rang de ces goujats qui, même dans le présent qu’un artiste leur fait d’une de ces œuvres, regardent au poids et à la matière alors que n’y valent que l’intention et la signature. Même en laisser une seule goutte dans le plat eût témoigné de la même impolitesse que se lever avant la fin du morceau au nez du compositeur » (I,70-71). L’œuvre de Françoise est comparée ici à la peinture et à la musique. D’autre part, son « génie linguistique à l’état vivant » (III,134) est un autre de ses dons : elle dit, selon le narrateur, « « faire réponse » comme  Mme de Sévigné » (II, 323) et emploie le verbe « plaindre » dans le même sens que La Bruyère (II, 326). A travers son parler, on peut ainsi avoir accès à plusieurs strates de la langue française.

A la fin du roman Marcel reconnaît le caractère proprement artistique de son talent culinaire et il déclare: « ne ferais-je pas mon livre de la façon que Françoise faisait ce bœuf mode ( ... ) » (IV, 612). Témoin de l’ardeur créatrice du narrateur dans Le temps retrouvé, Françoise en devine l’essentiel grâce à son intuition artistique et colle ses « paperoles » avec la même adresse que quand « elle mettait des pièces aux parties usées de ses robes » (IV, 611). Et c’est au moment où elle déploie ainsi pleinement, dans Le Temps retrouvé, une activité créative d’ordinaire cachée que Marcel lui donne enfin son patronyme, « Larivière » (IV, 424), bien qu’il s’agisse ici plutôt celui de ses cousins : « c’est avec un enfantin plaisir et une profonde émotion que, ne pouvant citer les noms de tant d’autres qui durent agir de même et par qui la France a survécu, je transcris ici leur nom véritable : ils s’appellent, d’un nom si français d’ailleurs, Larivière » (IV, 424). Sans qu’aucune logique ou nécessité romanesque ne puisse être décelée, une nouvelle nomination de Françoise a soudain lieu[26] ; c’est parce qu’elle se montre désormais créative qu’un autre nom lui est ainsi donné, comme si elle était investie d’une importante nouvelle fonction dans le roman. Ainsi Marcel donne-t-il de l’éclat et de la présence profonde aux personnages dont le rôle paraissait jusqu’alors secondaire.

Il en est de même pour Théodore, qui est un autre personnage de Combray. Bien que Théodore soit mauvais sujet, « Françoise sentait d’ailleurs si bien en lui un pays et un contemporain »(ibid.). Lorsque l’article qu’a écrit le jeune héros sur les clochers de Martinville paraît enfin dans Le Figaro, un lecteur nommé « Sautton » écrit à Marcel une lettre de félicitations avec une « écriture populaire, un langage charmant » (IV,170). Ce n’est qu’après coup que ce « Sauttton » est identifié avec Théodore. Dans ce cas aussi, c’est lorsque Théodore se métamorphose et apparaît comme quelqu’un capable d’écrire une lettre avec un langage charmant, qu’il reçoit le nouveau nom de « Sautton » dans Albertine disparue(IV,279). Cette métamorphose contraste nettement avec ce qui se passe avec M. de Guermantes qui, lui, critique l’article, y trouvant « de l’enflure, des métaphores comme dans la prose démodée de Chateaubriand» (IV,169).

Lors de la matinée chez la princesse de Guermantes du Temps retrouvé, Marcel découvre François le Champi dans la bibliothèque. La lecture du titre lui provoque la quatrième réminiscence et lui dévoile aussi « l’essentiel » de François le Champi : « le souvenir de ce qui m’avait semblé inexplicable dans le sujet de François le Champi tandis que maman me lisait le livre de George Sand était réveillé par ce titre » (IV,462). François le Champi, apparu d’abord sans nom comme le héros de la Recherche, suit lui aussi un itinéraire de formation et va finalement se marier : il reçoit ainsi plusieurs noms. Or, l’enfant sans nom de Combray que fait réapparaître ici le titre François le Champi lu par Marcel, fait, lui aussi, des apprentissages comparables et à la fin accède à la parole créatrice après avoir reçu lui aussi plusieurs noms. Marcel trouve ici, à la différence du héros enfant de Combray, la force de se rappeler le roman entier et comprend que la littérature ne coupe pas « toute communication de notre moi présent avec le passé, dont les choses gardaient l’essence, et l’avenir où elles nous incitent à la goûter de nouveau »(IV,464). L’acte de nommer « François le Champi » donne un nouvel éclairage à ce roman et permet à Marcel d’accéder à une appréhension de sa vacation, tandis qu’à Combray la mère ne le lisait que partiellement en sautant les passages qui concernaient l’amour et ce passage est surtout consacré à la description de la technique de lecture de la mère.

 Ce passage crucial du Temps retrouvé est donc déclenché par la lecture du titre François le Champi par Marcel lui-même. Et ce moment de la révélation fait partie de la série de nominations qui commencent dès le début du roman et qui se répètent tout au long de la Recherche.

 

Elstir, la grand-mère, Albertine, Françoise aident ainsi le héros à se frayer un chemin vers la réalisation de sa vocation. Leurs voix exhortent spirituellement celui qui les écoute pour l’amener à un monde jusqu’alors inconnu et cette exhortation est d’autant plus efficace qu’ils sont d’ordinaire peu loquaces.

Mais ces personnages ont par ailleurs comme point commun le fait de rester plus ou moins à l’extérieur des institutions sociales : il s’agit d’êtres qui n’appartiennent ni à une classe sociale ni à la hiérarchie mondaine. Leurs voix viennent en quelque sorte de l’extérieur et leur façon d’appeler les autres n’est pas conventionnelle. Lorsque Elstir a atteint sa maturité artistique et qu’il apprend au narrateur le prénom de Mlle Simonet, il ne fréquente plus le salon de Mme Verdurin, mais se trouve dans son atelier de Rivebelle situé de l’autre côté du Grand Hôtel de Balbec, importante station balnéaire. Les « splendeurs » (II,64) de Rivebelle ne plaisent pas à Mme Verdurin, qui restant dans le château des Cambremer loué pour la saison, déclare au héros dans son salon : « Je ne sais pas du tout ce qui peut vous attirer à Rivebelle, c’est infesté de moustiques » (III, 360).

   Albertine, « pauvre et orpheline » (II, 849), séduite par le grand air, est aussi quelqu’un qui vient de l’extérieur. Même lorsqu’elle partage l’existence du héros à Paris, l’image de sa première apparition devant la mer à Balbec continue à être attachée à Albertine. Sa chambre, apparemment espace clos et lieu de repli, peut s’ouvrir et rentrer en contact avec le monde extérieur(III,575-577, 914-915). Dans La Prisonnière, lors de l’« ouverture pour un jour de fête », la chambre devient en un lieu d’échange entre l’intérieur et l’extérieur. Déjà dans Du côté de chez Swann, la chambre offre à l’imagination « le spectacle total de l’été »(I,82). Issue de la nouvelle classe moyenne de la bourgeoisie qui commence à ébranler l’aristocratie, Albertine est du point de vue social aussi un des personnages qui perturbent les classes sociales. A propos d’Albertine, Jacques Dubois écrit : «Elle n’est pas tributaire davantage de l’hérédité aristocratique ou du besoin bourgeois de conquête et de pouvoir, ces deux références dont le héros est tout imbu quand il la rencontre. Le plan de la vie qu’on lui devine, Proust l’a voulu beaucoup plus fluctuant [27]».

La grand-mère maternelle, elle, joue surtout un rôle important lorsqu’elle reste à l’extérieur de Combray et de Balbec. Comme nous l’avons déjà constaté, c’est lorsqu’elle est dans le train qui va à Balbec, c’est-à-dire lorsqu’elle n’est ni à Combray ni à Balbec qu’elle donne, ne serait-ce qu’indirectement, à un peintre appelé Bische le nom « Elstir » et c’est toujours dans le train qu’Albertine s’intéresse vivement à la possibilité de renommer certains noms de lieu[28]. A la surprise générale, dans la salle à manger du Grand-Hôtel, elle ose enfreindre les règles tacites en ouvrant les fenêtres pour faire profiter à son petit-fils de l’air de la mer : « [...] tandis que nous [grand-mère et le héros] déjeunions et que, de la gourde de cuir d’un citron, nous répandions quelques gouttes d’or sur deux soles qui bientôt laissèrent dans nos assiettes le panache de leurs arêtes, frisé comme une plume et sonore comme une cithare ― il parut cruel à ma grand-mère de ne pas sentir le souffle vivifiant à cause du châssis transparent mais clos qui, comme une vitrine, nous séparait de la plage [...] » (II,34). S’opposant à tout ce qui est figé et conformiste, c’est dans un lieu ouvert à l’extérieur qu’elle fait acte de ses talents. Comme l’indique Jean-Pierre Richard, elle est intimement liée à l’« extériorité active, salubre, bénéfique[29] ». D’autre part, elle prépare le drame du coucher de Combray en allant deux fois à Jouy-le-Vicomte pour acheter François le Champi ; cette scène s’ouvre donc aussi sur l’extérieur et déborde le cadre plus ou moins fermé de Combray. D’ailleurs, la grand-mère n’est pas de Combray  où « les bourgeois d’alors se faisaient de la société une idée un peu hindoue et la considéraient comme composée de castes fermées [...] » (I,16) ; « elle [grand-mère] avait apporté dans la famille de mon père un esprit si différent que tout le monde la plaisantait et la tourmentait »(I,11).

   Comme d’autres personnages qui conduisent le héros vers la maturité spirituelle, Françoise est aussi quelqu’un de l’extérieur : étant donné qu’il semble y avoir en elle « un passé français très ancien, noble et mal compris »(I, 28), elle n’obéit pas facilement au code de Combray. Elle perturbe même les habitudes de Combray en allant le samedi plus tôt que d’habitude au marché de Roussainville[30]. Et en exil à Paris, dans l’appartement de l’hôtel de Guermantes de Paris, elle se sent toujours dépaysée. 

 

Il y a chez Flaubert des personnages évolutifs qui changent eux aussi de noms au fur et à mesure que le récit se déroule : dans Un cœur simple par exemple, c’est lorsque le neveu sans nom de Félicité commence à jouer un rôle actif dans l’intrigue, qu’il est enfin nommé « Victor » au troisième chapitre de cette nouvelle qui en comporte cinq. Raymonde Debray Genette constate à ce sujet :

 

 On diffère la nomination du neveu, simple présence, simple voix (il tutoie Paul) ; il n’est pas encore entré dans le coeur de Félicité ; une autre l’occupe, Virginie. La nomination du perroquet sera, de la même façon, différée. Quand Virginie partira en pension, Félicité s’ennuiera. « Pour « se dissiper », elle demanda la permission de recevoir son neveu Victor » (...). Il est cette fois nommé, il devient un sujet, le sujet du nouvel épisode[31] .

 

En ce qui concerne ce perroquet, on peut assister à la même stratégie : ce n’est qu’à partir du moment où cet oiseau attire l’attention de Félicité qu’il est enfin nommé « Loulou » et qu’il tient un rôle très important[32]. On peut relever chez Proust une amplification romanesque de la technique flaubertienne : chez Proust la série des nominations est plus fluctuante d’autrui et on peut y poursuivre aussi l’itinéraire de l’apprentissage et de la formation[33].

 

 […]

 

Cependant, il y en a des personnages qui ne participent pas à ce jeu des nominations qui se répercutent comme des échos tout au long de la Recherche. Par exemple, prisonnier de son idolâtrie esthétique et de son dilettantisme érudit, Swann ne prend pas à prendre part au scénario de la nomination. Son idolâtrie consiste à voir dans l’émotion esthétique non un enseignement, mais un plaisir sans signification. En effet, Swann, artiste manqué, continue d’appeler le compositeur de la petite phrase « Monsieur Vinteuil », refusant de voir en lui « Vinteuil », le compositeur de la sonate[34]. Pour lui, Vinteuil ne peut pas être « Monsieur Vinteuil » qui n’est qu’un pauvre professeur de piano de Combray (I,211). De même, lorsqu’il demande à la famille du héros des nouvelles de la fille de cuisine de Combray qui est enceinte, Swann doué d’un talent pour dépister les ressemblances, la nomme soudain « la Charité de Giotto » : « Comment va la Charité ? » (I,80). Mais, le sobriquet « la Charité » ne lui convient pas toujours, puisque cette fille de cuisine incarne plutôt l’obéissance servile sous l’autorité despotique de Françoise. Certes, l’ampleur du vêtement de la Charité de Giotto et la corbeille de fruits qu’elle porte à la main dans la fresque montrent une certaine ressemblance avec cette pauvre fille, mais la nomination de Swann, tirée sur son érudition esthétique, est, ce nous semble, trop recherchée, sinon abusive. Bien qu’il ressemble dans un sens au héros, Swann, un des célibataires de l’art (IV,470), continue à voir dans les œuvres d’art  des objets d’idolâtrie et est incapable d’approfondir les impressions qu’elles lui procurent. Il garde « un remords d’avoir borné sa vie aux relations mondaines, à la conversation » (I,219).

   Il en est de même pour Mme Verdurin qui refuse, à tout prix, de reconnaître les différentes métamorphoses du moi des personnages de La Recherche. Lorsqu’Odette se marie avec Swann, elle avoue son incapacité à l’appeler « Mme Swann » : « Oh ! mon Dieu, je n’arriverai jamais à dire Mme Swann » (I,591).   Dans Le Temps retrouvé, elle continue d’appeler obstinément Elstir « Monsieur Biche », ou « Monsieur Tiche » (IV,298) : pour elle, il doit rester un peintre fidèle de son salon, même s’il devient le grand peintre Elstir dont elle n’arrive toujours pas à réellement apprécier les œuvres. De peur de perdre l’emprise qu’elle a jusqu’à présent maintenue sur ce peintre, la patronne ne se résout jamais à changer sa façon de l’appeler et à utiliser « Elstir ».

Dans son salon, bien qu’elle encourage parfois des artistes, on voit : « siéger, comme une véritable fée, ignorée jusqu’à ce jour de l’aristocratie, Mme Verdurin » (III,140). Après la mort de son mari, cette riche bourgeoise se remarie rapidement et s’affiche dans le Gotha sous le nom de « Sidonie, duchesse de Duras, née des Baux »(IV,533). Veuve à nouveau, l’argent aidant, elle épouse en troisième noce le prince de Guermantes et, en effaçant sans peine ses anciens noms, finit par trôner comme une des reines du Paris en guerre au milieu du Faubourg Saint-Germain sous le nom de princesse de Guermantes (IV,384).

   Toujours dans la soirée chez la princesse de Guermantes, Bloch apparaît sous le nom de Jacques du Rozier, auteur dramatique à succès, adepte du « chic anglais », arriviste visant à être reçu dans les salons aristocratiques. Mais l’apparence est fragile. L’effacement complet de l’identité précédente est perçue par Proust comme une dégradation spirituelle et morale : Bloch se sert d’articles de Marcel pour les siens (IV, 611).

    Plus tôt, Le héros rencontre dans un bordel une prostituée juive qu’il nomme alors « Rachel quand du Seigneur », surnom tiré d’un passage de La Juive de F. Halévy. Devenue la célèbre actrice Rachel, elle initie à une culture supérieure Saint-Loup dont elle ouvre l’« esprit à l’invisible ». Albertine montre une certaine sympathie envers Rachel et reconnaît son rôle positif auprès de Saint-Loup. Sous son influence, Saint-Loup arrive à faire d’intéressantes remarques stratégiques et à tenir des propos sur la beauté des raids aériens nocturnes qu’il compare avec La Chevauchée des Walkyries de Wagner. Mais, Mme de Guermantes, sauf dans Le Temps retrouvé, réprouve sa liaison avec Saint-Loup. Faisant fi de la réputation qu’elle se fait et l’appelant simplement « juive » sans utiliser le nom Rachel, les Guermantes disent d’elle : « Cette gueuse le tuera, et en attendant elle le déshonore »(II,141) et la traitent aussi de « grue » (II,139).

  

Au début du roman, l’imagination emplit le nom des Guermantes de rêves et de légendes : le duc et la duchesse de Guermantes à Combray sont « toujours enveloppés du mystère des temps mérovingiens et baignant comme dans un coucher de soleil dans la lumière orangée qui émane de cette syllabes : « antes » »(I,169). D’après la légende, il y a, à l’origine de la famille Guermantes, une nymphe fécondée par un divin oiseau. Et le roman est sorti de quelques grands noms. Le nom prestigieux des Guermantes en est un bon exemple : « C’était, ce Guermantes, comme le cadre d’un roman » (II,314). 

   Mais, au fur et à mesure qu’on s’approche d’eux, la poésie des noms s’évanouit peu à peu de « ces petits ballons » (II,312), ou bien des « petits tubes dont on se sert pour peindre » (II,311). Bien que souvent comparée avec une « fée » (I,60,166,173), l’image de Mme de Guermantes « dépérit si nous nous rapprochons de la personne réelle à laquelle correspond son nom » et « si nous restons auprès d’elle, la fée meurt définitivement et avec elle le nom » (II, 311). La poésie des noms et le charme des accents du terroir ― « un vrai musée d’histoire de France par la conversation » (III, 545) ― ne peuvent pas résister à l’expérience réelle, qui sert à démystifier la mythologie des Guermantes. Le héros sait qu’elle se moque de l’église de Combray et qu’elle « détestait la peinture d’Elstir »(II, 790). Elle ne salue pas Mme Swann et ressent de l’antipathie pour Gilberte ; elle ne parle plus à l’imagination du héros (III, 138). Il se dit : « C’est cela, ce n’est que cela, Mme Guermantes ! » (I, 172). Bien qu’il pénètre dans l’hôtel des Guermantes, espérant trouver la femme de la lanterne magique dans ce salon aristocratique, il s’aperçoit à la fin que Geneviève de Brabant, ancêtre des Guermantes, ne s’y trouve plus et que le nom de Brabant n’existe plus non plus. Le duc de Guermantes confie : « si quelqu’un a été bête dans ce mariage, c’est Gilbert d’avoir justement épousé une si proche parente du roi des Belges, qui a usurpé le nom de Brabant qui est à nous » (II, 877).

 

[. . .]

 

Ce qui est contenu dans les grands noms se perd ainsi au fur et à mesure et n’occupe plus toujours le devant de la scène. Par exemple, le jeune héros croit d’abord trouver le parfum d’un bouquet de violettes chez la princesse de Parme, par la magie de son nom, mais il trouve finalement qu’elle manque de personnalité et qu’elle reçoit très mal la mère du héros (IV, 176-177). Le nom du prince von Faffenheim-Munsterburg-Weinigen, premier ministre allemand, garde au début l’image d’« une petite ville d’eaux allemande où tout enfant j’avais été avec ma grand-mère (...) et des vignobles (...) » (II, 553). Mais Marcel se rend compte finalement qu’il n’ est qu’ambitieux.

Combray, Balbec et Venise font partie de ces grands noms qui, tout en charmant au début le héros dans ses rêveries, le déçoivent dans la réalité : « la race de Combray [...]  semble presque éteinte »(II,105) ; le désir initial du jeune héros est de voir à Balbec une église baignée par les flots, mais avant de rencontrer Elstir, il devient incapable d’apprécier Balbec(II,19-22, III,493-497), « l’âme de Venise s’en était échappée » (IV, 233) .

La mise en cause des grands noms va cependant plus loin que la simple affirmation réaliste du primat du récit sur l’imagination.   L’éclipse de la poésie du nom des Guermantes alterne presque avec les apparitions prémonitoires d’Elstir et d’Albertine. Une sorte d’opposition et de renversement profond va se dérouler à propos des noms : contrairement à l’usage des prénoms, surnoms et diminutifs qui donnent souvent une occasion d’apprentissage au héros, les grands noms de l’aristocratie finissent par sonner creux.

Le patronyme du héros, lui, n’est pas dévoilé dans la Recherche. Proust esquive, ce nous semble, les occasions de lui  donner son patronyme. Lorsque le héros arrive à l’entrée de l’hôtel de Guermantes pour assister à la soirée, l’huissier lui demande son nom, mais celui-ci n’est volontairement pas transcrit : « L’huissier me demanda mon nom, je le lui dis aussi machinalement que le condamné à mort se laisse attacher au billot. Il leva aussitôt majestueusement la tête et, avant que j’eusse pu le prier de m’annoncer à mi-voix pour ménager mon amour-propre si je n’étais pas invité, et celui de la princesse de Guermantes si je l’étais, il hurla les syllabes inquiétantes avec une force capable d’ébranler la voûte de l’hôtel » (II, 38). Lors du deuxième séjour à Balbec, un jeune chasseur du Grand-Hôtel répète le nom de famille du héros, mais le patronyme n’est pas ici non plus révélé : « ( ... ) il ne me connaissait pas encore, mais ayant entendu ses camarades plus anciens faire suivre quand ils me parlaient le mot de monsieur de mon nom, il les imita dès la première fois avec l’air de satisfaction » (III, 170). Si le patronyme du héros est ainsi à chaque fois évité volontairement, c’est sans doute parce qu’il a pour rôle de définir et de fixer le héros du côté paternel et à le réduire à son être social et conventionnel. Chez Proust, l’œuvre est le produit du moi composite du personnage évolutif qui est différent du moi que modèlent et fixent les habitudes et les conventions sociales[35].

 

 Dépouillés d’une valeur immuable et d’une valeur psychologique déjà décidée[36], les personnages importants acquièrent successivement une identité évolutive et composite : « chacun de nous n’est pas un, mais contient de nombreuses personnes »(IV,100). Il n’y a ni génie inspiré d’avance par la nature ni transcendance abstraite dans le roman.

Le « Je » proustien ne reste pas isolé ; il subit une perception toujours fluctuante d’autrui ; il se meut en étroite relation avec les autres. « Notre personnalité est une création de la pensée des autres »(I, 19). Son art ne relève pas du solipsisme. On peut assister dans la Recherche au processus intersubjectif de la formation de l’identité. Les petites scènes de nomination servent en quelque sorte de tremplin pour l’initier à sa vocation. En s’élevant au-dessus de la conscience individuelle, celui qui  nomme commence à prendre un rôle créateur.

   Ces scènes de nomination se dispersent et se répartissent tout au long de la Recherche et, différentes selon les circonstances mais identiques sur le fond, elles ne renforcent pas tout de suite la causalité narrative. Mais, ce qui commence et est joué en sourdine de façon inaudible en toile de fond et dans l’arrière-scène se répète et s’enrichit de répercussions amplifiées[37]. Et ces enchaînements et ces échos qui commencent à voix basse s’amalgament au récit en soulignant les étapes de l’apprentissage[38]. Au lieu de se contenter des procédés déjà acquis, Proust cherche à en rendre la signifiance plus puissante et plus vive.

   Apparemment les conversations de la noblesse et de la grandes bourgeoisie tiennent le devant de la scène , mais elles risquent de devenir frivoles et superficielles. A une chute et à une perte des grands noms, à une usure du temps font pendant les redressements créatifs provoqués par des séries de petites nominations qui, en faisant appel à la compétence du lecteur, s’effectuent sous une forme dialogique et constructive. Soumis à l’ensemble du roman, ils concourent à la naissance du nouveau moi : le « moi œuvrant» [39] .

 

 

[1] Michihiko Suzuki, « Le « je » proustien », BSAMP, n°9, 1961. Roland Barthes, « Proust et les noms », To honor Roman Jakobson, essays on the occasion of his seventieth birthday, Mouton, La Haye, 1967. Gérard Genette, « L’Âge des noms », Mimologiques, Seuil, 1967. Jean Milly, « Sur quelques noms proustiens », Littérature, n°14, 1974. Claudine Quémar, « Rêverie(s) onomastique(s) proustiennes à la lumière des avant-textes », Littérarure, 28, 1977. Gérard Genette, Palimseste : la littérature au second degré, Seuil, 1982. Eugène Nicole, « Genèses onomastiques du texte proustien », Cahiers Marcel Proust, 12, 1984 et «La Recherche et les noms », Cahiers Marcel Proust, 14, 1987. Marie Miguet-Ollagnier, « Repentir et choix onomastique », Bulletin Marcel Proust, 39, 1989. Michael Finn, « Réflexions sur quelques noms proustiens », Bulletin Marcel Proust, 47, 1997. Bernard Côme, « Noms de marque : les Noms », Bulletin Marcel Proust, 50, 2000.

[2] Dans la lettre du juillet 1913 adressée à Louis de Robert, Proust lui écrit : « Aimeriez-vous comme titre : Jardins dans une tasse de thé, ou L’Age des noms pour le premier. Pour le deuxième : L’Age des mots. Pour le troisième : L’Age des choses. », Correspondance de Marcel Proust, XII( 1913), Plon, 1970-1993, p.232.

[3] Du côté de chez Swann, A la recherche du temps perdu, Vol. I, Paris, Gallimard, Bibliothèque de la Pléiade, 1989. Les références suivantes seront incorporées dans le texte.

[4]  Dans « Journées de lecture », Proust écrit : « les peintres nous enseignent à la façon des poètes », Contre Sainte-Beuve, précédé de Pastiches et Mélanges et suivi de Essais et Articles, Bibliothèque de La Pléiade, Gallimard, 1971, p.177.

 La technique d’Elstir de métaphore s’explique aussi par la métamorphose. Chez Proust, la métaphore, prise au sens large, consiste en double conception : donnée empirique de la réalité et produit de sa transformation par la force de l’esprit.

[5] Antoine Compagnon, « Brichot : étymologie et allégorie », Proust entre deux siècles, Seuil, 1989, p.239.

[6] « chacun de nous n’est pas un, mais contient de nombreuses personnes »(IV,110).

[7] Les noms de Jean Cocteau et de Marcel Proust sont cités parmi des modèles d’Octave dans « Dictionnaire des personnages de la Recherche », Marcel Proust I, Quid de Marcel Proust, 1987, Bouquin, p.192.

[8]  « [...] Dans La Prisonnière, ces mentions du prénom de l’auteur, loin d’être des vestiges d’un état antérieur du roman, sont des additions tardives. En témoigne une note, au folio 71 r° du Cahier 61 : « Albertine à moi : Mon chéri Marcel. » Cette note a été suivie des trois additions en question, dans les cahiers du manuscrit ; le Cahier VIII pour la première, au folio 39 r°, substitution supralinéaire : « Mais, comme en se réveillant elle m’avait dit : « Mon Marcel », « Mon chéri Marcel », il ne fallait pas que le visiteur fût quelque parente qui me rappellerait qu’en famille on m’appelait : « chéri », etc. » Les deux suivantes sont dans le Cahier IX, l’une sur un béquet collé au bas du folio 14 : « [Elle] entrouvrait les yeux, me disait d’un air étonné --- et en effet c’était déjà la nuit --- « Mais où tu vas comme cela Marcel ? », et la dernière, qui n’est pas différente du texte final, dans la marge du folio 34. Enfin, dans les dactylographies, une restriction a été apportée à chacune des deux premières mentions du prénom de ce narrateur, respectivement par une incidente --- « en donnant au narrateur le même prénom qu’à l’auteur de ce livre » --- et une parenthèse --- « et en me donnant mon prénom ». on voit bien que cette démarche, chez Proust, est tout le contraire d’une suppression de l’autobiographie, suppression d’ailleurs déjà accomplie, mais plutôt le désir de souligner à la fois la proximité et l’éloignement de l’auteur du roman par rapport à son narrateur », « Notes et variantes » de La Prisonnière, Bibliothèque de la Pléiade, III, p.1718. note1. Cf. III, p.583.

[9] Alain de Lattre écrit : « Chez Proust, l’éventualité d’un amour réciproque est à peu près inexistante ». Le personnage proustien, J. Corti, 1984, p.136. Dans la Recherche il y a en effet plus de scènes d’angoisse et de soupçon que de déclaration et de passion romantiques.

 

[10] Analogue à un instrument musical, la voix des jeunes filles de Balbec émet un « son unique » qui exprime son individualité(II,261-262).

[11] Dans « Journées de lecture », Proust compare des gens qui ne font pas de lecture avec un gentihomme qui ne se souvient plus de son nom : « (...) pareils à ce gentihomme qui, partageant depuis son enfance la vie des voleurs de grand chemin ne se souvenait plus de son nom pour avoir depuis trop longtemps cessé de le porter, ils finiraient par abolir en eux tout sentiment et tout souvenir de leur noblesse spirituelle, si une impulsion extérieure ne venait les réintroduire en quelque sorte de force dans la vie de l’esprit, où ils retrouvent subitement la puissance de penser par eux-mêmes et de créer ». Contre Sainte-Beuve, p.179.

[12] « De même ceux qui produisent des œuvres géniales ne sont pas ceux qui vivent dans le milieu le plus délicat [...] , mais ceux qui ont eu le pouvoir, cessant brusquement de vivre pour eux-mêmes, de rendre leur personnalité pareille à un miroir, de telle sorte que leur vie si médiocre d’ailleurs qu’elle pouvait être mondainement et même, dans un sens, intellectuellement parlant, s’y reflète, le génie consistant dans le pouvoir réfléchissant et non dans la qualité intrinsèque du spectacle reflété »(I,545)

[13] Jacques Dubois, Pour Albertine, Proust et le sens du social, Seuil, 1997, pp.170-171.

[14] Dans Le Temps retrouvé aussi, Albertine est dans un sens toujours décrite comme un personnage qui aide Marcel à trouver les signes du spirituel en amour et le conduit vers l’écriture : « on constate de la sorte que le personnage d’Albertine, absente du projet initial jusqu’en 1914, fait l’objet d’additions dans tous les cahiers du Temps retrouvé, où est justifié son rôle pour la création littéraire »(IV, p.1173, « notce » du Temps retrouvé, Bibliothèque de la Pléiade).

[15] Proust écrit dans Carnet de 1908, établi et présenté par Philip Kolb : « Maman me donne|la force de ne pas voir|que par elle », f°21v°, Gallimard, 1976, p.76. Nina Glaser écrit : « Dans la Recherche, l’amour filial rencontre son accomplissement suprême dans le don de la voix maternelle. Sa mère lisant haut François le champi est « une lectrice admirable », et Proust consacre une page exaltée à son interprétation de « ces phrases qui semblaient écrites pour sa voix(I,42) », « Proust du côté de chez Sand : « première nuit d’insomnie et de désespoir » », Europe, n°89, 1993,p.52.

[16] Contre Sainte-Beuve, Gallimard, 1971.

[17] Nina Glaser écrit : « En effet, on ne peut lire la scène de Combray en l’isolant du reste de la Recherche. Elle annonce tant d’autres scènes qui vont la répéter. Et surtout l’amour pour Albertine. Ainsi, bien plus tard, Marcel trouvera dans le souvenir de « la nuit fatale » de son enfance « comme une anticipation de longues souffrances(III,131) » à venir à propos d’Albertine qui aura fait renaître en lui « ce terrible besoin d’un être » « qu’ [il] avai[t] appris à connaître au sujet de [s]a mère » à Combray(III,130) ». Id.,ibid, p.55.

[18] « Dans le Cahier 53, elle(la mère) n’a plus que la fonction modeste de servir de compagnie à Albertine ; c’est cette dernière et Françoise qui se partagent les rôles maternels : apporter Le Figaro auveil, protéger le héros, en ce qui concerne Françoise ; et pour Albertine, accorder ou refuser le baiser du soir, citer Esther, et plus tard dans le « Manuscrit au net », prendre part à la conversation littéraire. ». Jean Milly, « Introduction », La Prisonnière, GF Flammarion, 1984, p.27.

[19] La réminiscence a chez Proust ceci de particulier d’être en rapport avec la créativité. Gilles Deleuze écrit que Proust a fondé « un nouveau lien de se souvenir et de créer », et qu’il « le[nouveau lien] fonde dans un processus de production comme œuvre d’art ». Proust et les signes, Presses universitaires de France, 1964, p.160-161.

[20] Raymonde Coudert écrit que l’importance capitale du rapport mère et grand-mère éclaire celui de la mère et du héros, le rapport-ci étant soit comme un appendice de la relation de celui-là, ou soit comme son avatarProust au féminin, Grasset, 1998, p.25.

[21] Jean Milly indique qu’il y a deux grandes catégories des phrases dans la Recherche : celles de type Vinteuil et celles de type Bergotte. La Phrase de Proust. Des phrases de Bergotte aux phrases de Vinteuil, Larousse, rééd. Slatkine Reprints, 1975.

[22] Non seulement qu’il apprend donc beaucoup de choses en regardant les œuvres d’Elstir, mais il devine aussi l’essentiel de la phrase de Bergotte : il « aurai[t] voulu posséder une opinion de lui, une métaphore de lui, sur toutes choses, surtout sur celles qu’[il] aurai[t] l’occasion de voir [lui]-même »(I,94).

 

[23]  Pourtant le héros n’arrivait pas souvent à nommer les autres si facilement ; par exemple, à la fin d’A l’ombre des jeunes filles en fleurs, le héros à cette époque ressent encore beaucoup de difficulté à nommer Albertine celle dont l’identité lui semble de plus en plus multiple : « ( ...) je devrais plus encore donner un nom différent à chacune de ces Albertine qui apparaissaient devant moi, jamais la même, comme --- appelées simplement par moi pour plus de commodité la mer --- ces mers qui se succédaient et devant lesquelles, autre nymphe, elle se détachait »( II, 299).

[24] Annick Bouillaguet, « Entre Proust et Carpaccio, l’intertextualité des livres d’art », Proust et ses peintres. Etudes réunies par Sophie Berto, Atlanta,GA :Rodopi, 2000, p.95-101.

[25] « Marcel Proust », Noms propres, Fata Morgana, 1976, p.155-156.

[26] « Dans le Cahier 53, elle (la mère) n’a plus que la fonction modeste de servir de compagnie à Albertine ; c’est cette dernière et Françoise qui se partagent les rôles maternels : apporter Le Figaro auveil, protéger le héros, en ce qui concerne Françoise ; et pour Albertine, accorder ou refuser le baiser du soir, citer Esther, et plus tard dans le « Manuscrit au net », prendre part à la conversation littéraire. ». Jean Milly, « Introduction », La Prisonnière, GF Flammarion, 1984, p.27. Les discussions et les argumentations avec « Maman » du Contre Sainte-Beuve perdent un peu de leur aspect dogmatiques et scolaire et remontent vers La Prisonnière.

[27] Op,cit., p.77.

[28] Marie Miguet-Ollagnier indique : « Le train est aussi pour Le narrateur le lieu d’une levée des tabous », Voir « Train », Dictionnaire Marcel Proust, Honoré Champion, 2004, p.1010-1013.

[29] Proust et le monde sensible, Seuil, 1974, p.46. Quant à la mère, elle montrait aussi des traits juifs prononcés dans les brouillons de Contre Sainte-Beuve rédigé vers la fin 1908. B.Brun, « Brouillons et brouillage : Proust et l’antisémitisme », Littérature, mai 1988, p.111.  

[30] Dans le Cahier 9, la servante apparaît comme une adepte de la « vieille loi juive ». Julia kristeva, Proust, Questions d’identité, Oxford : Legenda, 1998, p.18.

[31] « Les figures du récit dans « Un cœur simple » », Métamorphose du récit --- autour de Flaubert, Seuil, 1988, p.272. Mireille Naturel indique que Françoise et Théodore sont nés à partir des deux personnages d’Un cœur simple de Flaubert : Félicité et Théodore. Proust et Flaubert, un secret d’écriture, Rodopi, 1999.

[32] Dans Madame Bovary aussi, ce n’est qu’à la fin de la première partie qu’Emma se nomme « Madame Bovary ».

[33] Balzac, lui aussi, utilise des procédés de renomination qui consiste par exemple à donner plusieurs noms à Vautrin, ce qui lui permet d’échapper à la justice : Vautrin se nomme en réalité Jacques Collin, dit Trompe-la-mort, alias M. de Saint-Estève, William Barker, l’abbé Carlos Herrera... : être protéiforme qui se métamorphose au service du mal.

[34] Cf., Lettre adressée à Lucien Daudet, Correspondance générale de Marcel Proust, t.XII, 1913, Plon, p.259.

[35] « un livre est le produit d’un autre moi que celui que nous manifestons dans nos habitudes, dans la société, dans nos vices. Ce moi-là, si nous voulons essayer de le comprendre, c’est au fond de nous-même, en essayant de le recréer en nous, que nous pouvons y parvenir », « La méthode de Sainte-Beuve », Contre Sainte-Beuve, précédé de Pastiches et Mélanges et suivi de Essais et Articles, Gallimard, « Bibliothèque de La Pléiade », 1971, p.221-222..

[36] « Dans la lettre de peu après le 15 janvier 1920 adressée à Jean de Pierrefeu, Proust écrit : « Malgré tant d’éloges je ne trouve pas entièrement juste l’article de Jacques Rivière qui donne trop d’impression que ma psychologie (puisque psychologie il y a, ce n’était pas mon but, mais la vie) a quelque chose d’immobile (...). Mais je ne vois pas dans ses pages magnifiques, le mouvement de vie qui fait qu’on ne connaît dans mes livres les personnages que comme on le fait dans la vie, c’est-à-dire qu’on se trompe d’abord sur eux, mouvement au cours duquel une autre révolution s’accomplit, celle du personnage autour de lui-même.» Correspondance de Marcel Proust, éditée par Philipe Kolb, t.XIX, Plon, p.77-78.

[37] « Seule l’impression, si chétive qu’en semble la matière, si insaisissable la trace, est un critérium de vérité, et à cause de cela mérite seule d’être appréhendée par l’espoir, car elle est seule capable, s’il sait en dégager cette vérité, de l’amener à une plus grande perfection et de lui donner une pure joie »(IV,458-459).

[38] « Même ceux qui furent favorables à ma perception des vérités que je voulais ensuite graver dans le temple, me félicitèrent de les avoir découvertes au « microscope », quand je m’étais au contraire servi d’un télescope pour apercevoir des choses, très petites en effet, mais parce qu’elles étaient situées à une grande distance, et qui étaient chacune un monde. Là où je cherchais les grandes lois, on m’appelait fouilleur de détails » (IV,618).

[39] « Moréas », Contre Sainte-Beuve, , p.311.

 Proust et Reynaldo Hahn s’éprennent durant 1894-1895 d’un amour passionné, mais leur relation se change en profonde amitié respectueuse jusuq’à la mort de Proust de 1922. Celui l’appelle avec environ 90 noms différents dont « mon enfant », « mon maître », « Bruncht », « Bunibuls » ... dans les environ 600 lettres adressées à R.Hahn contenues dans La correspondance de Marcel Proust, texte établi, présenté et annoté par Philip Kolb, Plon, 1970-1993. Voir « Hahn (Reynaldo) », Kazuyoshi Yoshikawa et alii, Index général de la Correspondance de Marcel Proust, Presses de l’Université de Kyoto, 1998, p.155-158.

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